2024年4月20日(土)

Wedge OPINION

2022年1月20日

今回のケースの特殊性

 今回内密出産を実施した医療機関は、親が育てられない子どもを匿名で預かる「赤ちゃんポスト」(名称「こうのとりのゆりかご」)を設置・運営している。「赤ちゃんポスト」と内密出産は、母親が自らの身元を医療機関に明かすか否かだけが異なるもので、子どもの養育が困難な母親を救済する方法である点で、共通している。

 「赤ちゃんポスト」の設置・運営は、医療機関が出産した母親から現実に養育する者に子どもの「橋渡し」をするものである。当該医療機関にとっては、従前から行ってきた「橋渡し」の役割を拡大したにとどまる。内密出産を行うに当たって新たに乗り越えなければならないハードルは、他の医療機関よりも高くはない。

 今回のケースに関しては、この点も忘れてはならない。

母親はプライバシー保護を主張するが……

 内密出産を認めるべきとの主張は、プライバシー保護を根拠としている。身元は、母親のプライバシー(私的領域)に属する事柄であり、できる限り尊重されなければならない。それに属する情報を開示するか否か、誰に開示するかは、本人の自律的な決定が尊重されなければならない。このような本人の利益は、『情報コントロール権』とも呼ばれる。

 子どもを出産した母親が自分の身元を明かすか否かは、母親の『情報コントロール権』の保護領域に属する事柄であり、母親の『情報コントロール権』を強調する立場からは、「内密出産」は認められなければならないと主張される。

 ただ、あらゆる行為が限界なく許されるということではない。筆者は、内密出産は、他者の権利利益を不当に損なうものであって、母親の『情報コントロール権』の行使としては認められないと考えている。

法律的には分娩した人が「母親」

 近年、生殖補助医療との関係で、子どもの『出自を知る権利』が主張されている。『出自を知る権利』に関しては、わが国には定める法律は存在しないものの、厚生労働省が2003年4月に公表した「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」において認められている。

 同報告書では、「生まれた子のアイデンティティの確立のために重要なもの」であると位置づけられている。それゆえ、現時点でも、子どもの『出自を知る権利』の存在を等閑視することは許されない。

 わが国では、分娩をした者が「母(母親)」となると法律で定められている。そのため、子どもの『出自を知る権利』の内容には、分娩者が誰であるかを知ることも当然に含まれる。

子が求めれば、母親の情報を提供する義務

 内密出産を行う場合、母親と医療機関との間で、当局に母親の身元を明かさないとの合意(契約)が締結される。医療機関には守秘義務が発生する。その結果、医療機関は、当局に母親を特定させる情報を提供できない状況に置かれる。

 ただ、この守秘義務は、あくまでも母親に対するものにとどまる。医療機関は、子どもから求められれば、母親を特定することができる情報を提供しなければならない。医療機関と母親との間の合意は、合意に参加していない子どもを拘束するものではない。この場合においては、母親が子どもの代理人として合意したと考えることもできない。


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