2024年4月27日(土)

Wedge OPINION

2022年1月20日

 内密出産が許されるためには、子どもの『出自を知る権利』に適切に対応することができる仕組み(制度設計)が必要である。内密出産に当たっては、母親と医療機関との間で、当局には提供しないものの、子どもから求められれば母親を特定する情報を提供するという合意(契約)を締結する必要がある。加えて、将来子どもが求める場合を想定して、母親を特定することができる情報を管理する体制及び子どもがそれにアクセスすることを可能とする方策(例えば、戸籍の【母】の欄に必要な記載をするなど)を講じなければならない。

 なお、子どもの『出自を知る権利』との関係で、生殖補助医療として医療機関が精子提供を受ける際、提供者に、子どもから求められた場合は、自らを特定する情報の提供を明示する必要があるとされている。その結果、精子提供を希望する人が激減したという話を聞いたことがある。子どもから求められれば母親を特定できる情報を提供するとの条件を受諾し、内密出産を行うケースが現実にどれだけあるのだろうか。

戸籍〝価値〟を棄損する懸念

 内密出産が行われた場合、戸籍の【母】の欄の記載内容が問題となる。現行の戸籍は、親子関係を基礎として作成される。そのため、親(少なくとも母親)に関する記載が不可欠である。

 戸籍の記載内容は、法律上の身分関係を社会的に証明する最も有力な手段である。先述の通り、わが国の法律では、母親イコール分娩者であり、生殖補助医療による出産であるか否かを問わない。戸籍の【母】の欄は、子どもの法律上の母親が誰であるかを証明するものであると同時に、分娩者が誰であるかを証明するものでもある。

 内密出産を認める場合に戸籍の【母】の欄にどのような内容を記載するかについては、さまざまな見解があるようである。ただ、どのような見解をとっても、戸籍の証明力いいかえれば社会的な役割を減殺することになろう。

 わが国では、社会生活を営むうえで、戸籍は極めて便利な道具(ツール)である。結婚や相続、年金受給といったあらゆる社会活動が戸籍さえあればできるという仕組みは、戸籍の記載内容が極めて正確なものであるとの信頼が前提となっている。内密出産を認めることは、このような戸籍に対する社会的な信頼を動揺させることになる。

医療機関への信頼も揺らぐ

 さらにいえば、戸籍の【母】の欄の記載内容を広げることは、いわゆる「代理出産」や他人の子を実子として出生届を出す「藁の上からの養子」を許容することに繋がるのではなかろうか。【母】の欄に分娩者を記載する必要がないとする一方で、果たして現実に子どもを養育する者を記載した場合について厳正に処罰することが許されるのであろうか。

 また、戸籍の記載では、分娩者である母親と医療機関との間に一種の共犯関係が成立している。医療機関は、分娩者が誰であるかを知っていながら、あえて事実と異なる記載をするかあるいは何の記載もしないことを容認することになる。このような事態は、医療機関に対する社会的な信頼を損なうことに繋がるおそれはないのであろうか。


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