同居していた祖母が亡くなってから、近所の主婦たちが入れ代わり、立ち代わりやってきては、総菜を分けてくれたり、見合い話をもってきたりして、いささか閉口していたからだ。
「家族(仮)」と互いに呼ぶ生活が始まった。ふたりの関係は、咲子の家族や会社の同僚たちから理解を得るのは難しかった。
言葉の応酬で多様性社会を伝える
「アロマンティック」「アセクシュアル」の言葉について、筆者もドラマを観るまでまったく知らなかった。
「LGBTQ」はいまでは、一般の人々もその存在を知るようになった。筆者が3年前にフィンランドの首都・ヘルシンキの有名な近代的図書館を訪れた際に、書架の分類で「LGBTQ」とあって、その「Q(クエスチョニング:わからない、または決められない)」がわからなかった。日本では、当時「LGBT」までだったのではなかったか。
性の多様性について、ドラマはよき啓蒙の機会を与えてくれる。「女子的生活」(NHK、2018年)は、そうした嚆矢(こうし:始まり)ではなかったか。本名・小川幹夫の男性である、志尊淳がアパレルメーカーに勤める、「みき」として働くなかで、苦闘しながらも、周囲の理解を得ていく物語であった。
「アロマンティック」「アセクシュアル」の羽と、咲子の前にも、幾度も壁が立ちはだかる。
「スパイの妻」(黒沢清監督・20年、ヴェネチア国際映画祭・銀獅子賞)の主演を務めた、高橋一生と、大ヒット「愛がなんだ」(今泉力哉監督、19年)の岸井ゆきのという、日本を代表する俳優は、コメディタッチのドラマながらも、真剣な言葉の応酬によって、性の多様性の大切さを教えてくれる。
咲子の両親は、彼女が同棲したのを喜んで、羽を紹介してもらおうと、自宅に招く。咲子の妹夫婦も一緒だった。「お姉ちゃんも、ようやく普通の幸せをつかむんだね」と、妹は乳児のわが子をあやしながら、そういうのだった。
「普通ってなによ!普通って」と、激怒する咲子。そして、自分が「アロマンティック」「アセクシャル」であることを告白したうえで、羽もそうであることも、ふたりが一緒に住んでいるのは、将来を誓った仲でも、同棲でもないことを語った。
母親は取り乱し、妹夫婦も、そして、父親も咲子の言葉が理解できない。