2024年4月27日(土)

田部康喜のTV読本

2021年12月25日

 ETV特集「空蝉(うつせみ)の家▽ひきこもり死・家族の記憶」(12月18日、NHK+配信終了:12月25日23:59)は、30年以上にわたって、引きこもり生活を送り、2018年12月に56歳の若さで孤独死した、男性とその家族を追ったドキュメンタリーの佳作である。

(Kateryna Kukota/gettyimages)

 内閣府が一昨年、40歳から64歳の成人の中高年の引きこもりが、61万人と推定した。70歳代の親が40歳代の引きこもりの子どもを養っている「7040」問題と、80歳代の親が50歳代の引きこもりの子どもと暮らしている「8050」問題は、いまでは一般的に知られるようになった。親の世代の高齢化によって「9060」問題につながる未来は現実である。

 無味乾燥な数字も衝撃を与えることは確かである。しかし、引きこもりの家族の内側は、閉ざされていることもあって、現実がわからない。亡くなった男性の父親が、丹念に綴った日記が残されて、「数字」の裏側にどのような悲劇が潜んでいたのか、胸に迫ってくる。

メモから見える生前の姿

 今回のドキュメンタリーは、神奈川県横須賀市の海に近い戸建てのなかで、栄養失調のために衰弱した56歳の伸一さんとその家族を冷静な取材とカメラによってとらえた。

 伸一さんは、大手製鉄メーカーを定年退職した、父・吉之さんと専業主婦の母・貞さんの長男として生まれた。個人タクシーを営む、弟の二郎さんと4人家族だった。08年に両親は相次いで亡くなった。

 ドキュメンタリーの白眉は、最後のシーンのなかで、弟の二郎さんが亡くなった伸一さんの自宅を調べていた時に見つけた、伸一さんのメモである。そこには、福祉関係に長らくたずさわっていたこと、医療関係者に電話をかけるときに話す内容が、まるでシナリオのようにきちんと書かれていた。

 「いま話していいですか」と始まるメモは、父の死の際にいとこが来てくれたことなどに礼を述べ、これまでの非礼を詫びる言葉が幾度も書かれていた。そして、最後に「受診できる病院はないか」と聞く言葉があった。

 そのいとこは、不在で、伸一さんがメモを読みながら話すことはついになかった。いとこは語る。

 「(生きる)チャンスはあった。自分のことをあきらめちゃいけない」と。

 伸一さんの死の1カ月前ほどから、市の福祉担当者が熱心に伸一さんの家を訪ねていた。「病院に一緒に行こう」と勧めた。食べ物を持っていって「栄養失調ではこのまま死んでしまうよ」と、励ましもした。

 ドキュメンタリーは、このときの伸一さんの姿の映像と声を収録していた。まさか、死を前提とした取材であるはずはない。ひきこもりの人と、それを救いたいと考える人を取り上げようとしていたのだろう。


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