2022年9月25日(日)

DXの正体

2022年2月10日

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五十嵐弘司 (いがらし・こうじ)

東京工業大学大学院総合理工学研究科修了(工学修士)。1980年、味の素(株)に入社。バイオ精製工程のプロセス開発に従事。1998年からアメリカ味の素(株)アイオワ工場長、技術開発センター長を経て上席副社長。2009年、味の素(株)執行役員経営企画部長。その後、取締役常務執行役員、取締役専務執行役員に就任。中期経営計画の策定、M&A実務実行など、味の素(株)で経営の中枢を担う。また、技術統括・情報統括として、イノベーションの実現、グローバル展開、ICT活用やデジタル化を推進した。現在、公益社団法人企業情報化協会代表理事副会長、一般社団法人日本能率協会開発・技術部門評議員会副議長などとして活動中。企業経営にかかわる多数の講演実績がある

知識のストックを増やすための〝出稽古〟

 このような考えと行動力、そして周りを巻き込む魅力的な人柄を持つ上司のもとであれば、部下はいきいきと思い切って仕事に取り組むことができる。まさに「アジャイル」という動きだ。ただし、意識が高まっただけでは空回りになる。

「ITチームが社内ヒエラルキーの中で下に見られる要因の一つは、新しい価値を提供していないことにあります。業務サイドから要件が入ってからそれに対応するテクノロジーを探す、いわば「手段探しの人」になってしまいます。そうなると結局、ITベンダーに相談するといったことになりがちです」

 そこで野村さんが行ったのが、知識のストックを増やすための〝出稽古〟とも言える取り組みだ。

「案件に関係なく、どんなテクノロジーがあるのか、他産業、他企業にお邪魔してヒアリングをしました。ポイントは、足を運ぶことです。教えを請うのであれば、ホームではなく、アウェイで行動するべきです。このようなオフサイトミーティングを月に一度は行っており、現在まで5年間継続しています」

 これに加えて、テクノロジーごとに情報収取する担当者を決めた。そして「イノベーションハニカム(ハチの巣構造)」という「集合体」にして、それぞれの担当を示すことによって、どのようなテクノロジーの組み合わせができるのか、部員同士が考えられるようにもした。知識の蓄積とハニカムという全方位に視野を持つことで、より前向きな展開を考えるための仕組みができた。

「こうして生まれてくるのが『ハニカムする』という動詞です。知識をためることで終わらずに、仲間同士でコミュニケーションをするということです。ハニカムしながら、構造デザインを考えれば、仲間が何をしているのかより関心を持つようになります。これができるようになれば、最小の構造で最強の堅牢さを持つチームだと言えます。ちなみに、実は、飛行機の翼もハニカム構造になっています(笑)」

 

立ちはだかるサイロの壁

 こうして、ITチームが主体的に動き出そうとしたが、最後に立ちはだかったのが、「サイロの壁」だった。各事業部門のデータや機能は、部外者からアクセスが制限されてしまうのだ。だからといって、サイロを再構築しようとすれば、時間とコストの負担が大きくなる。そこで野村さんたちが意識したのは「新たな仕組みをデザインするときには、一つの案件としてみるだけではなく、社内全体の中での位置づけやその後の活用イメージを想定しながら実行する」ということだった。

 例えば、次のような実験だ。保安検査場を15分以上前までに通過すると、買い物などに使えるクーポンを提供するというもので、この通知を受けた利用者のうち70%の人が15分前に保安検査場を通過し、そのうち50%が搭乗口の売店で買い物をした、という結果が出た。出発が遅れがちの便での実験だったが、売店購入者も増えるという副次的な効果も表れた。

 このような情報を共有するとことで、組織横断的なデザインが生まれてくるというわけだ。野村さんの言葉を借りれば「内製力を高める」ということになる。これを繰り返すことで、結果的には、現場だけでなく経営陣も満足させることができ、さらなる組織横断的なデザインが進むというプラスの循環が生まれる。これにより組織横断の「イノベーション・ワークショップ」が定期的に行われるようになり、そこには役員も参加しているという。DXを唱える大企業は多いが、チームとしてここまでまとまっている事例は、ほとんどないと言っても過言ではないだろう。

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