2024年7月16日(火)

DXの正体

2022年2月10日

人が生き生きと物事に向き合う状態
イノベーティブな土壌を作るの

 そして、もう一つ忘れてはならないのは、野村さんの「やる前提」という言葉だ。組織では、どんなに激しく議論を交わしても、それだけで終わりということが少なくない。野村さんは五輪の書で「行動したことを誇りに感じる」と定義したように、プランは必ずアクションにつなげるのだ。

 ここまで読んでいただければ、野村さんが持つ発想力やキャラクターが異色であるということの一端は分かっていただけたと思う。しかし、野村さんは「それでも、自分を育ててくれたのはANAなんです。恩返しといってはおこがましいですが、ANAに培われたものがあるからこそ、次世代の人材を育成することも注力するポイントにしています」と語る。

 IT部門の人材は、アプリケーション開発者、インフラ管理者、プロジェクトマネージャーというのが一般的だが、これに加えて、デザイナー、エンジニア、サイエンティストという3つの人材定義を行い、その育成プログラムを作ったという。

 例えば、デザイナーを「データ」と「デジタル」の2種類に定義し、IT部門内だけではなく、社内全体から公募して、人材育成を始めた。そうすることで、デジタルに対する認識を社内全体で高めることができる。

 さらに、新任管理者向けには「Farm」(ファーム)という場を設け、課題を与えてソリューションを考えさせたり、若い人材向けに「道場」としてロールプレイ型でスキルを身に着けたりする取り組みも実施している。

「Farm」というのは、プロ野球でいうところの2軍です。私の役割は、2軍の選手たちを土手で観戦しているオヤジのようなもので、外野から野次を飛ばすんです。それを受けて実行するかどうかは、新任管理者たち次第です」

 野村さんは、ANAに復帰後わずか5年でこうした仕組みを作ったというのだから驚きだ。しかも、コロナ禍で取り組みのスピードは加速しているという。「DXを進めなければならないが何をしていいか分からない」という企業は少なくないだろう。だからといって、外部ベンダーに頼ってしまっては、その成果は外に行ってしまう。

「まず、足元のアセットを見る必要があります。そして、人が生き生きと物事に向き合う状態、つまり、イノベーティブな土壌を作るのです。そして、行動しながらそれを強くすることが大事です」

 やはり、人材をコストとして見てしまうと見誤ってしまうということだ。DXを進め、イノベーションを推し進める力の源泉は、社内にあるということは、それを実践し結果を残してきた野村さんだからこそ説得力がある。

 大企業や大きな組織でDXが真に実現しているところは数少ない。ANAはその数少ない企業の一つだ。DX実現の鍵は、現地、現場、現物を受け止め、かかわる人々と一緒に考え行動するリーダーの存在と後継人材の育成力にかかっている。今回紹介させていただいた野村さんは、DXを実現するリーダーの範そのものである。

 多くの日本企業に野村さんがいれば、そして存分に活躍できれば、日本経済の再成長も容易なのではないかと私は考えている。

 

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