2月初め独ショルツ首相の訪米を受けた共同記者会見の席上、米バイデン大統領は「もし、ロシアによる侵攻が行われば、ノルド・ストリーム2はない、終わりだ」と明言したが、ショルツ首相はノルド・ストリーム2に触れることはなかった。天然ガス、石炭、原油全てをロシアに依存していることから触れることができなかったと理解された。
しかし、2月22日、ショルツ首相は、使用前審査に必要な安全保障に関する評価書を撤回すると発表し、使用前審査は停止された。審査の停止であり、廃止するわけではない。ノルド・ストリーム2を保有する企業はガスプロムの子会社だが、独、仏などの欧州企業5社が110億ドル(1兆3000億円)の投資額のうち約半分に相当する47億5000万ユーロの資金提供に責任を持っているとされていることも影響しているのだろう。
変わる欧州エネルギー市場
06年、09年の2度の天然ガス供給途絶は全欧州に影響を与えたが、短期間であり、その後のロシアからの供給ルート多様化、備蓄強化により影響を緩和する対策が取られたと考えられた。しかし、今回の侵攻によりロシアからのエネルギー供給に対する信頼は完全に失われた。
EU諸国が取る対策は、供給ルートの多様化ではなく、供給源、供給国の多様化であることが明確になった。欧州では昨年からの天然ガス価格高騰を受け石炭回帰の動きがあるが、石炭供給でもロシア依存度は高い。価格面では解決策の一つにはなるが、安全保障面での解決策にはならない。
フォン・デア・ライエン委員長は、ロシア依存度を下げるため再エネ設備への投資を増やすとスピーチの中で触れているが、不安定な電源の増加はエネルギー価格の上昇を招くことになる。一方、仏マクロン大統領は、温暖化対策のためとして50年までに14基の原発を新設すると発表している。欧州諸国は、ロシア依存度引き下げのため、再エネと原子力導入を急ぐことになる。日本はどうするのだろうか。
日本が考えるべき安全保障とエネルギー価格
日本のエネルギー供給におけるロシア依存度は、それほど高くはない。エネルギー白書によると19年度、原油輸入に占めるロシア比率は4.8%、5位。LNG輸入に占める比率は8.3%、3位。燃料用一般炭輸入に占める比率は11.9%、3位だ。万が一供給が中断しても他の供給源から賄えるレベルだが、ロシアから小型船で石炭を輸入し使用している一部の企業は、直ぐに代替品を見つけることが難しいかもしれない。
大きな問題が発生するのは、化石燃料価格だ。制裁あるいはロシアからの停止により欧州向けのロシア産化石燃料輸出が中断する場合には、化石燃料価格はさらに高騰する。ショルツ首相がノルド・ストリームの審査停止を発表した日、ガスプロムの会長でもあった露メドヴェージェフ元大統領は、ドイツ語と英語で次をツイートしている。
「ショルツ首相が、ノルド・ストリーム2の審査停止を発表した。勇気ある新世界を歓迎する。欧州人は1000立方メートル当たり2000ユーロを直ぐに支払うようになる」。今、欧州の天然ガス価格は高騰しているが、その価格がさらに1.5倍になるレベルだ。日本の最近のLNG輸入価格トン当たり8万5000円が、4倍になるというかつてないレベルになる。
日本も化石燃料価格において大きな影響を受ける可能性が高まるが、脱化石燃料は簡単ではない。少なくとも電気については、再生可能エネルギーの導入を進めながら、原子力を主体とする供給に切り替えなければ、温暖化対策を進めながらエネルギー価格を抑制することはできない。