2022年11月29日(火)

野嶋剛が読み解くアジア最新事情

2022年3月10日

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野嶋 剛 (のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版)、『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店)、『台湾とは何か』(ちくま新書)。訳書に『チャイニーズ・ライフ』(明石書店)。最新刊は『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com

「台湾見捨てられ論」へ懸念を抱いた蔡英文

 象徴的なのは「今日のウクライナは明日の台湾」という言葉で、ウクライナと台湾の運命を同一視するかどうかで、いまも台湾では議論が続いている。

 当初、蔡英文政権は「台湾はウクライナではない。安心してほしい」と打ち消しに走った。「今日のウクライナは明日の台湾」が、世論を揺さぶるためのフェイクニュースだとまで言い切った。

 「米国には台湾関係法があるので台湾は米国の安全保障の枠内だ」「台湾の戦略的重要性ははるかにウクライナより高い」などの意見が、民進党サイドから次々と発表された。

 ウクライナがロシアに攻撃され、米国など北大西洋条約機構(NATO)の支援も得られないまま、あっさりと政権が転覆されてしまえば、台湾社会には、米国が台湾を守ってくれるかどうかに不安が広がり、中国の武力行使に対する態度をめぐり世論が分断されてしまう可能性があったからだ。

 「台湾は安全であり、中国は手出しができない」という認識をできるだけ社会のコンセンサスまで高めていきたい蔡英文政権にとって、好ましい状況ではない。アフガンの米軍撤退のときも「台湾見捨てられ論」が一時広がったが、米国の弱体化が顕在化するほど台湾の安定が揺らぐ構図にある。

 これに対して、世論調査などを手掛ける台湾民意基金会の游盈隆会長は「今日のウクライナは明日の台湾」が広がることを政府が止めようとしたことを「民心の士気が打撃を受けてしまうことを心配したかもしれないが、この議論を意図的にフェイクニュースに矮小化するのは、やり方としては愚かだ。人の心に浮かんだ不安は意図的に膨らんだものではない。ウクライナのような事態が台湾で起きないか真摯に議論するほうがいい」と批判した。

ロシア苦戦で変わる風向き

 ところが、ここにきて風向きが変わった。ウクライナ戦線が長引き、ロシアの苦戦が伝わり、世界にロシア制裁とウクライナ支援が広がると、民進党政権は素早くロシア制裁の輪に加わった。

 3月になると蔡英文総統をはじめ、頼清徳副総統、蘇貞昌行政院長が給与1カ月分をウクライナへの義援金に充てることを表明し、蔡英文総統は「台湾はウクライナと共にある」と述べて、ウクライナ問題における台湾の立ち位置を修正した。台湾の義援金は5日間で日本円にして12億円を集めたという。

 台湾では、中国の台湾侵攻に備えて、軍事訓練を受けたいと希望する民間人が増えていると現地の報道では伝えられている。

野党はリンケージ論を「利用」して政権攻撃

 野党の国民党サイドは、台湾とウクライナのリンケージ論が、対中関係を重視する同党のメリットになると判断している。

 対中関係を改善した馬英九政権時代に安全保障政策や中台政策を担った蘇起氏は「米国の行動から台湾の将来は分かる。中国の国力はロシアよりはるかに強い。米国はロシアとも対抗したくないのに、どうして中国と対抗するだろうか。米軍が太平洋を越えて台湾を助けにやってくるなど、想像がつかない」と述べて、「米国に台湾は見捨てられる」可能性を示唆した。

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