なぜ日本のEEZでロシア漁船が操業しているのか?
冒頭の話に戻しましょう。
上の写真は日本のEEZで操業しているロシア船を白枠で囲んだものです。マサバなどの青物を狙いと思われます。
日本はロシアと相互入漁で合意しており、22年の合意数量は7.5万トンです。サンマ、スルメイカ、マダラ、スケトウダラ、サバ、マイワシ、イトヒキダラと魚種ごとに入漁枠が決まっています。日本の漁船数は、どれだけ実際に操業しているかは別にして585隻あります。一方でロシア側は89隻となっています。
日本のEEZで操業するロシア漁船は、近代化しており大型で、魚を洋上凍結する漁船が多いのが特徴です。一方で日本側は、ほとんどが鮮魚のまま水揚げする漁船です。洋上で冷凍する漁船は24時間操業できますが、日本の漁船は漁港と漁場を往復する時間が必要です。
近代化された漁船は漁獲能力が高く、また洋上で冷凍することで日本漁船の漁場での「獲り負け」が起きることでしょう。科学的根拠に基づいた漁獲枠が、国別に漁船や漁業者ごとに厳格に分けられていれば問題ないのですが、そうなっていません。このため、EEZ外(公海)での中国・台湾漁船とのサンマなどの国別漁獲枠配分だけでなく、ロシアとのEEZ内配分においても、今後難しい交渉になることでしょう。
必要なのは水産資源管理に関する正しい情報ではないでしょうか?
前回「脂がのらないノルウェーサバが流通しないわけ」を投稿したところ、その投稿がYahooニュースに掲載されました。そのコメントの中で、「すごく悪意のある、知識の乏しい記事なので鵜呑みにしないでください」といったコメントが、同じ人からいくつも付きました。本文を読めばこの批判自体が誤っていることが分かるので、多くの方が「良くないね」と反応していました。この類の批判コメントが、学生たちに教える立場の方でないことを願います。
ところで今回の悲惨な戦争で、ロシアの国営テレビ放送で批判コメントを出した女性の勇気には感動しました。一方、ロシア国内で侵略を否定する報道が流れていることに対して、海外では強い違和感を覚える人が多いかと思います。しかしながら、水産学会においても、同じようなことが行われているのです。
日本では「90年代と比べ、漁獲量は現在と遜色ない」、「漁獲生産量が減ったのは、資源が減ったからではなく漁業就労者が減ったから」などといった事実に反する内容が出されています。
まず漁獲量についてですが、年を追うごとにサンマ、スルメイカ、サケ、イカナゴをはじめ、資源も漁獲量も激減していて、これらが正しいかどうか示すデータはいくつもあります。また持続可能な開発目標(SDGs)14(海の豊かさを守ろう)の14.4にあるMSY(最大持続生産量)による資源管理についても、ようやく改正漁業法で取り入れられましたが、「MSYを断ち切る時」などと長らく世界と逆行してきました。
次に漁獲量と漁業者数の関係についてです。上のグラフは、日本とノルウェーの漁獲量推移(天然)、下のグラフはノルウェーの漁業者推移です。紺の折れ線グラフが漁業を主な仕事としている人数です。漁業者が減っても漁獲量が減っていないことがわかります。一方日本では、漁業者も漁獲量も減っています。
ほんの少し例を挙げましたが、水産資源を取り巻く現実や、海外の事例を捻じ曲げて伝えてしまい、せっかく国が進めようとしている水産資源管理を遅らせたり、混乱させたりする場合ではないはずです。
「間違った前提に対する正しい答え」を探しても、悪くなることはあっても、決して中長期的に水産資源が回復することはありません。
そこで、これからも世界の漁業・水産業の現場に足を運び、実際に見てきた者として、SDGs14「海の豊かさを守ろう」を意識し、皆さんが本当のことを言えるための根拠を発信し続けたいと思います。
四方を海に囲まれ、好漁場にも恵まれた日本。かつては、世界に冠たる水産大国だった。しかし日本の食卓を彩った魚は不漁が相次いでいる。魚の資源量が減少し続けているからだ。2020年12月、70年ぶりに漁業法が改正され、日本の漁業は「持続可能」を目指すべく舵を切ったかに見える。だが、日本の海が抱える問題は多い。突破口はあるのか。
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