2024年2月22日(木)

ディスインフォメーションの世紀

2022年4月5日

 各国の議会でのオンライン演説においてゼレンスキー大統領は、それぞれの国民誰もが知っている歴史的な出来事を題材とし、印象的な言い回しによって、まるで「聴衆一人ひとり」に話しかけているような効果を生み出すことに成功している。そして、相手国のメディアがスピーチの内容をこぞって取り上げるため、世論形成に大きな役割を果たす結果となった。

 例えば、3月8日の英下院での演説では、チャーチル首相の戦時下での演説を想起させるように語りかけ、演説の翌日には、英国のウォレス国防相がウクライナに対戦車ミサイル1615発を追加供与すると表明した。

 また、3月16日の米議会での演説においては、「真珠湾攻撃や同時多発テロを思い起こしてほしい」と呼びかけつつ、「 I have a dream(私には夢がある)という言葉があるが、I have a need(私には必要なものがある)」とキング牧師の言葉に触れ、「ウクライナの空を守る必要がある。あなた方の決断と助けが必要だ」と語りかけ、ウクライナ上空の飛行禁止区域の設定や、戦闘機の供与などの軍事支援、対露制裁強化を強く求めたのだった。この働きかけは米国の多くの議員の共鳴を呼び、その数時間後には、バイデン大統領が8億ドルの追加支援パッケージを発表するなどの効果を発揮した。

穏やかさが際立った日本の国会演説

 日本の国会でのゼレンスキー演説の内容をめぐっては、ドイツの議会に対するゼレンスキー大統領の演説が、ドイツのロシアへの対応が甘かったと糾弾するなど、厳しい内容であり、日本への厳しい注文も出るのではないかといった警戒感も示されていた。また、米議会での演説において真珠湾攻撃に言及したことに反発する声があり、どのような発言ぶりになるか注目を集めていた。

 しかし、実際の日本国民に向けた演説では、「争い」を想起させる言葉や強い要求の言葉は一切なく、むしろ穏やかで、ゼレンスキー大統領の日本に対する感謝の気持ちが前面に表れていた。ゼレンスキー大統領の発言ぶりからして、日本がこれまでウクライナに対して行ってきた支援などの対応が適切に評価されていることがよく表れた内容のスピーチだったともいえる。

 演説の中で、ゼレンスキー大統領は、日本国民一人ひとりにとって「身近」であり、最も心に響きやすい言葉を選んだ。米議会などで使用した生々しい映像は一切使わず、日本人なら誰もが知っている「津波」「原発事故」「サリン事件」という言葉を散りばめ、一人ひとりが身近な問題や恐怖として記憶している出来事を、ウクライナ危機を重ね合わせる形で思い起こさせた。詳しく説明しなくとも伝わるという日本の「察する文化」を戦略的に活用し、ロシアの侵略を想起させる戦略だったともいえる。

 さらに、日本の得意とする「復興」への支援を要請する形で、初めてウクライナの「復興」へ言及したこと、また岸田文雄首相の主張する「国連改革」に合わせたのか、国連安全保障理事会が機能しなかったことを念頭に、日本に国連改革を訴えたことも特徴的だった。

 演説の後半になると、「故郷」「調和」「環境」「文化」といった言葉を用い、日本のソフトパワーに触れながら、日本文化に対する敬意を払い、いまやウクライナと日本の人々の心の間には距離がないことを印象づけるなど、穏やかに日本人の心に働きかけていった。日本独自の考え方や文化を尊重した日本人の心にアプローチするゼレンスキー大統領のコミュニケーション戦略だったといえる。

 このゼレンスキー大統領の演説は、日本政府の意思決定にも影響を及ぼしつつある。演説の後、岸田首相は、ロシアに対するさらなる制裁と、1億ドルの人道支援に加え、追加の人道支援も考えていく方針を示した。国連改革についても、日本としてこれまで以上に取り組んでいく意向を示している。


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