2024年4月16日(火)

ディスインフォメーションの世紀

2022年4月5日

ゼレンスキーの戦略的コミュニケーション力

 ゼレンスキー大統領のパブリック・ディプロマシーが成功を収めているのは、彼自身の戦略的コミュニケーション力によるところも大きい。いまや、ゼレンスキー大統領を、第二次世界大戦において英国を率い、勝利に導いたウィンストン・チャーチルに例えて見る専門家も少なくない。実際、相手国世論の「心を勝ち取る」ために、相手国の関心事やニーズに合わせ、最も効果的な手法によって、相手国の世論に働きかけるゼレンスキー大統領の手腕には特記すべきものがある。

 ゼレンスキー大統領は、政治家・リーダーとして異例の経歴の持ち主であり、かつて役者でありコメディアン、さらには舞台の脚本をも自ら手がけ、テレビ制作会社を共同で創設した人物である。おそらくプーチン大統領は、ウクライナへの全面侵攻に際し、こうしたゼレンスキー大統領のバッググラウンドがリーダーとして弱い人物であると過小評価し、侵攻を早期に終わらせられると踏んでいたのだろう。

 しかし、非常事態において、SNSなどの新しい情報通信技術を柔軟に活用し、簡潔明瞭かつ雄弁に聴衆に語りかけることで、聞き手の印象に強く残るようメッセージを発するゼレンスキー大統領の能力は、聴衆の共感を呼び、危機に対処するための結束を強化している。それが、ウクライナ国民のみならず、米国や欧州をはじめとする国際社会が一致団結しウクライナへの支持や支援を表明する大きな動きを生み出した。

進んだ「善」と「悪」の二極化

 パブリック・ディプロマシーは、その効果を発揮するためにいくつかの外的な要因が関わることがある。今回のゼレンスキー大統領の戦略が成功を収めるに当たって、外部要因が何だったのかについても考えてみたい。

 一つには、ロシアの情報戦があまりに低質だったことがあるだろう。当初、プーチン大統領は、「ウクライナとロシアは一つの国民だ」といったメッセージを発信し、ロシアの侵略はウクライナの非ナチス化のための行動だと主張した。

 そしてウクライナ政権が暴力的な政権だといった主張も行ったが、ロシアの軍事侵略の映像が世界に流されると、こうしたロシアの主張やウクライナ関連のディスインフォメーション・キャンペーンの多くが全く説得力を持つものではなく、むしろ逆効果であり、ゼレンスキー大統領のパブリック・ディプロマシーを助ける結果となったといえよう。いまや世界では、プーチン政権下のロシアが世界の言論空間を支配しているという神話が崩れてしまった。

 これに加え、欧米を中心とする国際社会には、ウクライナが「善」、プーチンを「悪」とするナラティブが席巻していることも、ゼレンスキー大統領のパブリック・ディプロマシーを支える条件の一つとなった。ロシアのウクライナ侵略が長期化するにつれ、欧米メディアなどにおいては、プーチン大統領を形容する言葉として「悪(evil)」などが多用されるようになってきている。

 このように、政敵を「悪」、それに対抗する者を「善」と、対立が二項対立に単純化されるのは決して珍しいことではない。かつてクエートを侵略したサダム・フセインを「悪」としたのもその一例である。

 そして、「悪」を擁護する発言をしたり、「悪」に対して強い態度で臨めない者は、いわゆる「善」で結束される集団や組織から糾弾され、世界や社会が二極化されていく。今回、プーチン「悪」のナラティブは、多くの国、とりわけ欧州諸国のロシア制裁強化に大きな効果を生み出している。もっとも、二項対立は社会の分断を促しやすく、さらなる対立を生む危険を孕んでいる。


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