焦点は実際の政策が伴うか否か
自らのパブリック・ディプロマシーによって作り出すイメージが、実際の言動や政策に伴っていなければ、パブリック・ディプロマシーは成果を生むことができない。例えば、オバマ大統領(当時)は、2008年の政権誕生とともに、エジプト・カイロでの就任演説で中東政策を華々しく打ち出すなど、世界から大きな注目を集めた。これにより、世界から米国に対して向けられた期待値が一時的に上昇した。しかし、実際のオバマ政権の対中東政策は、ブッシュ政権と大きく変わらないことが明らかになるにつれ、米国に対する見方が次第に厳しくなり、米国のパブリック・ディプロマシーの試みは失敗に終わってしまった。
具体的には、オバマ大統領の約束したグアンタナモ収容所は閉鎖されず、アフガニスタンでの兵力増派が行われ、パレスチナ国家の設立も進まなかったため、アラブ世界における米国に対する感情が改善されなかったのである。
現時点でのゼレンスキー大統領のパブリック・ディプロマシーは、相手国の聴衆の「心を勝ち取る」成功例の一つだったといえる。そしてそのパブリック・ディプロマシーが現実の防衛・外交を動かしたという成果があった。ウクライナ軍の奮闘により、ロシア軍のウクライナ侵略を食い止め、さらには、欧米諸国を中心に強力なロシア制裁が課せられたのも、ゼレンスキー大統領の強力なパブリック・ディプロマシーに起因するところである。
しかし、試練はこれからである。今後、ウクライナとロシアの間で交渉が活発化していくことが予見されるが、その際にはゼレンスキー大統領もロシアに一定の譲歩を迫られることがあろう。クリミアやウクライナ東部ドンバスの行方が中心課題の一つになると考えられるが、その際に「ロシアに譲りすぎた」といった批判がウクライナ国内、あるいは欧米諸国から噴出する事態となれば、それまでにゼレンスキー大統領が勝ち取ったパブリック・ディプロマシーの成果が一挙に崩れ去る危険も孕んでいる。
ゼレンスキー大統領としては、これまでの働きで勝ち取ってきた信頼をベースにしつつ、外交交渉でも強かな手腕を発揮したいところだが、相手はプーチン大統領であり、試練の日々が続くこととなろう。
日本にとって学ぶべき課題
日本はかねてよりソフトパワー外交を展開し、世界からの対日好感度の向上や対日理解の促進を図るとともに、自由、民主主義、人権、法の支配などの普遍的価値に基づく外交を展開してきている。しかしながら、前述のように、そうしたメッセージに実際の政策の中身が伴わなければ、世界から共感を得ることは難しい。
ゼレンスキー大統領が演説の中で語ったように、日本は「アジアのリーダー」として、そして主要7カ国(G7)の一員として、「善悪」のナラティブに拘束されることなく、停戦や和平、そしてウクライナの復興を含めた支援のための外交努力に積極的な姿勢で取り組むことができるはずだ。日本のソフトパワーやパブリック・ディプロマシーの重要性が再び注目される。
最悪の事態を招かぬこと、そして「万が一」に備えておくことが重要だ。政治は何を覚悟し、決断せねばならないのか、われわれ国民や日本企業が持たなければならない視点とは何か——。まずは驚くほどに無防備な日本の現実から目を背けることなく、眼前に迫る「台湾有事」への備えを、今すぐに始めなければならない。
特集はWedge Online Premiumにてご購入することができます。