2022年9月26日(月)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年7月9日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 また、トヨタ自動車をはじめとする日本の製造業に、極めて一方的かつ保護主義的な要求も示唆していた。そんな気難しい性格で怒りっぽいとされるトランプ氏に対して、周到に「懐に飛び込んで」国益を死守した姿勢は、軍事外交の奥義を理解する人には驚異的な外交スキルとして認められている。

 その一方で、安倍氏はトランプ氏に無制限の妥協を続けたのではない。19年のカナダ、シャルルポワ・サミットでは、主要7カ国(G7)の結束を崩そうとしたトランプ氏に対して、メルケル氏ら他の首脳と共に説得を試みた安倍氏の姿は、米国でも多くの人々の記憶に焼き付いている。

 第3のパターンは、安倍氏が日本の右傾化を助長したとか、タカ派の政治家であったという評価だ。これは第一次政権の際にジョージ・W・ブッシュ政権との間で生じた軋轢の記憶を強調した見方であって、今回の報道では少数派に属する。

米国でも日本でも見られた政治家への哀悼の意

 これとは別に、米国では銃規制が世界一厳しいはずの日本で、このようなテロが起きてしまったことが話題になっている。一部の米国保守派の間では、日本でも銃を使ったテロが起きるのだから、銃規制をしても無駄というような一方的な論評があるが、これはあくまで米国内の対立構図からくる議論である。事実上の喪中である日本では、特に傾聴する必要はないと思われる。

 いずれにしても、政治家安倍晋三氏への評価としては、米国では1点目と2点目を中心に語られている。知日派だけでなく、多くの米国人が驚き、悲しみ、心からの哀悼の意を表しているのは間違いないと思う。

 近年では警護技術の向上により、米国での要人テロは減った。だが、20世紀までの米国の歴史は、多くの悲劇を記憶している。1963年のジョン・F・ケネディ大統領の殺害事件は世界中で今も記憶されているが、筆者の住むニュージャージー州では68年のロバート・F・ケネディ大統領候補(RFK)が殺害された後の経緯が多くの州民に深く記憶されている。

 ニュージャージーはRFKの地元でもなければ、凶弾に倒れた場所でもない。RFKの死去後に、その棺をニューヨークから葬儀の行われた首都ワシントンDCまで、鉄道により「見送る」という対応がされたのだが、その「葬送列車」はこのニュージャージー州で速度を落として、北東から南西へと縦断していった。今なお残っているのはその記憶である。

 北東回廊線というのがその路線名であるが、多くの州民がその沿線に並び、また駅のプラットフォームに立ち、何も言わずにRFKの棺に最大限の弔意を示して、見送ったという。その時、人々の示した沈黙の弔意、その深さが時空を超えて、ここニュージャージー州では語り継がれている。

 今回、あってはならない事件を受け、安倍晋三氏が倒れた奈良県の近鉄大和西大寺駅前には、多くの市民が訪れ、自ら用意した花束を捧げ、沈黙の哀悼を示しているという。また、安倍氏の棺は夫人に伴われて橿原市から東京・渋谷まで遠路を粛々と進んだという報道にも接した。その棺に対しても、多くの市民が沈黙の弔意を捧げているに違いない。

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