2024年11月22日(金)

教養としての中東情勢

2022年9月6日

 さらにイラン派はマリキ氏に近い人物を首相に指名して組閣を開始しようとした。このためサドル師は早期の解散・総選挙、憲法の改正などを要求する一方、支持者らに抗議を呼び掛け、一部はバグダッド中心部のグリーンゾーン内にある国会に突入して居座った。同師は7月末、いったんは矛を収め、支持者らを撤収させた。

 しかし、その後も事態は変わらず、サドル師は8月29日、政界引退を宣言してみせた。これに支持者らが反応し、再びグリーンゾーンに侵入、治安部隊やイラン派武装組織と衝突した。

 同師は8月30日、支持者らに抗議活動の撤収を命じてとりあえず沈静化したが、9月に入って第2の都市バスラで両派が衝突、死傷者が出るなど全土で緊張が続いたままだ。

根付いてしまった石油利権による腐敗

 今回のシーア派の内紛はイラク侵攻でフセイン独裁体制を打倒した米国にも責任がある。フセイン大統領は少数派のスンニ派出身で、多数派のシーア派を弾圧し、石油利権をスンニ派で独占した。米国はフセイン体制を倒した後、宗派と民族に石油収入が比較的公平に共有されるよう政治を改革した。

 しかし、これが各勢力への利権の分配につながり、政治全体が腐敗した。原油埋蔵量は世界第5位、OPEC内で第2位の日量411万バレル(2020年)を生産する石油大国でありながら、過激派組織「イスラム国」(IS)壊滅後も国民の暮らしは一向に改善されていない。バグダッドでも電力すら十分に配給されず、南部ではイランから電力を買わざるを得ないのが実情だ。

 資源があるのに国家の運営がうまく機能していないのは、入ってきた石油売却益が各勢力の懐に流れているからに他ならない。「支配層だけが甘い汁を吸うという典型的な詐取構造が根付いているためだ」(専門家)。サドル師は腐敗の一掃を掲げているが、同派も省庁に利権を持っており、「同じ穴のムジナ」(同)という見方が強い。

 現地からの報道などによると、サドル師が政界引退宣言の大博打を打ったのはマリキ元首相らイラン派実力者たちの利権分配の秘密合意を知ったからだといわれる。合意の内容は「サドル師派を外した新政権発足の際には省庁の利権をイラン派に保証する」というもの。その省庁には内務省、テロ対策関連省庁、情報機関、国営石油公社など利権と政治権限の強い部門が含まれていた。

イランと米国の影

 この合意通りに進めば、サドル師の影響力が低下するのは必至で、同師にとっては大きな打撃になる。同師が激怒したのも当然だったろう。しかも中東専門誌「ミドルイースト・アイ」によると、サドル師にこの秘密合意をリークした中には米国も含まれているという。

 米国は現在、テロ対策支援として約2500人の駐留軍をイラクに残しているが、内務省や情報機関、テロ対策部門などがイラン派に牛耳られる事態になれば、今後のイラク政策や中東政策全体にとって好ましくないと判断したようだ。しかし、サドル師は米軍のイラク侵攻の際、「マハディ軍」を創設して猛烈な反米ゲリラ戦を展開し、米兵多数を殺害した敵対人物でもあり、イラクにおける米国のハンドリングは複雑だ。


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