大統領にしてみれば、そこまで意を尽くしたにもかかわらず、サウジの振る舞いは「裏切りと屈辱」(米メディア)だった。サウジ側の主張によると、米国は減産決定を「せめて中間選挙後にまで先延ばししてほしい」と要請したといわれ、バイデン政権が必死にサウジを説得したのは間違いないところだ。
今回の減産決定は欧州連合(EU)が「ロシア産石油の取引価格に上限を設定した対露追加制裁」の1日前に発表されたことにも大統領は衝撃を受けた。制裁の効果が減産で薄れかねないからだ。議会民主党からは「選挙でバイデン政権に打撃を与えようとしている」「ロシアに戦費を稼がせるためだ」などとサウジに対する非難の声が高まった。
だが、サウジ外務省は「減産決定は純粋に経済的な理由であり、政治的な動機はない。米国は事実をねじ曲げようとしている」などと真っ向から反論。これに国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官が「ロシアを利する近視眼的な決定」「他のOPECメンバーを減産に同調させた」「サウジ関係を見直す」などと強硬姿勢を示し、バイデン大統領も「結果を伴う」として〝懲罰的な措置〟を検討していることを明らかにした。
なぜ、バイデンを怒らせてまで減産に踏み切ったのか
サウジの重要な政策決定でムハンマド皇太子が関与しないものは考えられない。今回の減産決定の際、第一に優先されたのは2008年のリーマン・ショック時の原油価格低迷の再来を回避する予防策だったということだろう。この時は1バレル40ドルにまで価格が下落し、OPEC諸国は苦境に立った。
原油価格はロシアによるウクライナ侵攻で3月には1バレル130ドルにまで急騰、高止まりが続いてきた。国際通貨基金(IMF)などによると、湾岸協力会議(GCC)の22年の国内総生産(GDP)は6.1%の上昇で、サウジの経済成長率も4.8%と推計されており、14年以降で国家収支が初めて黒字になる見通しだ。ウクライナ戦争による原油価格上昇でまさに〝漁夫の利〟を得ている状況なのだ。
しかし、価格はその後落ち着きを取り戻し、下落傾向に転じ、80ドル代に。これに皇太子らサウジ指導者が懸念を深めたのは確実だ。国家収支は原油価格1バレル79ドルで均衡が取れるとされているが、サウジの改造計画「ビジョン2030」を進める皇太子にリーマン・ショックの悪夢がよぎったのではないか。経費5000億ドルの砂漠の未来都市ネオムも建設半ばで、資金はいくらあっても足りないのが現実だ。