徐々に浸透した地域密着の活動
選手が「愛される」存在になってこそ
キーマンの〝発掘〟が転機になった。「フロンターレの中心選手だった彼が、『スポーツ選手は地域を大事にするべきだ』という意識でいたのは大きかった」。天野さんがこう話すのは、現在はサッカー解説者として活躍する中西哲生さんだ。Jリーグ人気が最盛期にあった時でも地域の祭りや餅つき、ミカンの箱の上で挨拶するほど小さなイベントにさえ惜しみなく参加した。そんな中西さんの言葉と行動が少しずつクラブ内に伝播し、選手のアイデンティティーとして浸透していった。
「それまでプロクラブや選手といえばテレビの中の人たちで、身近に感じることはなかった。フロンターレはイベントや商店街への挨拶回りに選手がわざわざ来てくれる。ほんの少し会話をしてくれるだけで十分。父親らしい顔や砕けた笑顔など、ピッチ上とは違う選手の顔を見ると『応援したい』という気持ちになるし、活躍すれば素直に喜べる。顔が見えるだけで全く違う」と星野さんは話す。
フロンターレでは、新人でも、外国人でも、他クラブから移籍してきた選手でも、必ず地域に出向き挨拶に訪れる。練習や試合のないオフの日に行う多摩川のゴミ拾いや市内の小学校への出張授業、その他の一見サッカーとは関係なさそうなイベントへの参加も厭わない。
「最初は恥ずかしがっていても、選手は目的を話せば必ず分かってくれます。クラブは強いから愛されるのではなくて愛されるから強くなるんです」(天野さん)。
ただ強くなればいいわけではなく、「愛される」こととの両輪を回してこそ、地域に根差したクラブになるということだ。
伊藤宏樹さん(現・強化部長)や中村憲剛さん(元日本代表)ら、地域に密着した活動の重要性は選手間でも脈々と語り継がれている。
チームの主力を担う脇坂泰斗選手は「地域の方々との活動や触れ合いで大切なのは、自分たちが楽しんでやることだと、先輩たちの姿を見てきて感じました。僕自身も心の底から楽しむことを心掛けていますし、後輩たちにも伝えています」と語る。
クラブを創成期から知る星野さんは「地域を大事にする姿勢を忘れずに、これからもそうした機運をクラブ全体で受け継いでいってほしい」と期待を口にする。最後に、「私も地域と共に一生フロンターレと付き合うことになるだろうから」と笑顔で付け加えた。