この夏、日本発祥の〝新たなスポーツ〟が産声を上げた。その名も「500歩サッカー」。世界ゆるスポーツ協会(東京都中央区)とスポーツ用品メーカーのミズノ(大阪市)が共同で開発したもので、文字通り1人が1試合で歩ける歩数には500歩の制限がある。
「私、あと何歩?」「赤だから少し休んで!」。プレーヤーは腰に装着したポシェットに専用アプリを起動したスマホを入れることで、歩数を確認する。残りの歩数は色の変化や警告音で把握できるが、自分の歩数は分からない。また、3秒以上静止すると1秒ごとに1歩、歩数が回復するルールもある。だからこうした声が飛び交うのだ。
小誌記者は10月、神奈川県綾瀬市で開催された「綾瀬市スポーツフェスティバル2022」を訪れた。参加した30代の男性は「動くタイミングと休むタイミングのバランスが難しい。身体も頭も使うスポーツだった」と汗を拭った。親子で参加した母親は「身体能力の差が縮まり、男女混合でも楽しめた」と笑顔で述べた。
開発過程では、コロナ禍でルールの検討が思うように進まず、19年の開発開始から約3年の月日を要した。共同開発者の一人で、当日の運営を担ったミズノライフ&ヘルス事業部の渡邉萌さんは「スポーツで活躍したことがなかった人が『初めて得点できた』と喜んでくれたことが嬉しかった」と話す。
「最近は、社員の健康意識を高めたい企業が研修の一環として取り入れるケースや、婚活イベントに活用された例もある」(渡邉さん)
既存のルールに縛られない
「ゆるスポーツ」を世界へ
「幼い頃からスポーツが苦手で嫌いだった。それを、できない自分のせいにしてきた」。こう打ち明けるのは、世界ゆるスポーツ協会代表の澤田智洋さん。転機は福祉の仕事を始めたことだ。「福祉の世界には『社会モデル』という考え方がある。障害のある人に問題があるのではなく、障壁を生む社会構造に問題があるとするものだ。これを応用して、『スポーツのせい』だと前向きに責任転嫁をした」という。
誰かが恣意的に設定したルールにとらわれず、誰もが楽しめるルールを設けようという発想に至った。歩数が回復するルールは、「休まざるを得ない」環境をつくることでスポーツに対するハードルを下げているといえる。
スポーツの語源はラテン語で「運び去る」を意味する「デポルターレ」だとされる。転じて「日々の生活から離れた楽しみ、休養」となった。だが、英国の美容外科「Longevita」の調査で、英国人男性の最大のストレス要因が「サッカー観戦」であることが判明した。判定をめぐる違和感などが主要因に挙がる。勝負に拘泥しすぎると、逆にストレスをためることになるのかもしれないが、本末転倒だ。
500歩サッカーに限らず、ゆるスポーツは超高齢社会を先導する日本の〝価値〟になる可能性がある。「多くのスポーツ文化やビジネスが欧米で生まれたが、これは日本が発祥の地として世界に普及させたい」と語る澤田さん。決意の強さが、代表を務める協会のホームページに掲出する文章に表れる。
「不可能に聞こえますか? でも、不可能が可能だといつも教えてくれるのが、スポーツではないでしょうか」
平成の時代から続く慢性的な不況に追い打ちをかけたコロナ禍……。 国民全体が「我慢」を強いられ、やり場のない「不安」を抱えてきた。 そうした日々から解放され、感動をもたらす不思議な力が、スポーツにはある。 中でもサッカー界にとって今年は節目の年だ。 30年の歴史を紡いだJリーグ、日本中を熱気に包んだ20年前のW杯日韓大会、 そしていよいよ、カタールで国の威信をかけた戦いが始まる。 ボール一つで、世界のどこでも、誰とでも──。 サッカーを通じて、日本に漂う閉塞感を打開するヒントを探る。