(聞き手/構成・編集部 友森敏雄、野川隆輝)
岡山県出身の私にとって、隣県にあるプロ野球チーム「広島東洋カープ」は、うらやましい存在だった。自分の町にも「プロチームが欲しい」、そして「子どもたちに夢を」というのが、ファジアーノを立ち上げたときの思いだった。同じような思いを持った人々が全国にいて、今や40都道府県にJリーグのクラブができた。
残り7県にもサッカーのクラブは存在し、47都道府県にJリーグクラブが誕生する日もそう遠くないだろう。一部の大都市だけではなく、地方にもプロクラブをつくることができたことは、この30年の大きな成果だ。
その背景にある、「お金は出すけれども、口は出さない」という各クラブのオーナーの姿勢が変わっていないことが大きい。
例えば、各クラブが運営するアカデミー(編集部注:若手選手の育成を目的としてサッカークラブが設けた組織)は赤字で運営されていることがほとんどだ。それでも、「日本のサッカー人材を世界レベルにする」という目標のもと、育成が行われている。地方の子どもたちにとっては、都会に行かずともプロ選手になる、または世界に出るための第一歩になった。
私が東京から帰郷して印象的だったのが、中小企業の経営者の方々の姿勢だ。この30年、日本企業には逆風が吹き続け、岡山の地方企業にとっても、なおさら厳しい状況が今も続いている。
それでも、「社員や地域のためになるのであれば、スポンサーになる」という経営者に何度も会ってきた。「スポンサーは大手企業がなるもの」という意識に変化が起きたことは、クラブ運営がビジネスとして回るための大きな助けとなっている。
10月23日、J2リーグのファジアーノ岡山と東京ヴェルディの試合が味の素スタジアム(調布市)で行われた。観客の中に20~30代の岡山県出身者が多くいたことは非常に励みになった。同時に、地元のクラブとして着実に根付いていることを実感することができた。Jリーグのクラブにとって「地域密着」とは、今後も「不変」のミッションだ。