サッカーW杯とオリンピックとの違い
牛木さんが東大時代に在籍した「ア式蹴球部」はサッカー部のこと。「ア式」とは「アソシエーション式」の略で、ラグビーの「ラ式蹴球」と区別した。東大ア式蹴球部ができたのは1918年で、日本の大学で最古の歴史を持つ。1925年には早稲田、慶應義塾、法政など6校で関東大学リーグが始まっている。同じ年、東京六大学野球のリーグ戦も始まった。
話が横道にそれてしまった。牛木さんの著書に戻ろう。牛木さんは今回の著書の冒頭で「伝えたいことが三つある」と書いた。①ワールドカップを楽しむこと、②W杯特有の「分散開催」のメリット、③アマチュアリズムの弊害――の3点だ。
牛木さんが初めてW杯を取材した1970年のメキシコ大会の経験から筆を進めている。メキシコシティの中心、レフォルマ大通りに、W杯の開催を祝う大きな電飾の横断幕があった。<大会が始まると、試合のたびにレフォルマ大通りは、歌い、踊り、叫ぶ群衆で埋め尽くされた。ロータリーのコロンブス記念碑や独立記念塔によじ登り、噴水に飛び込んで大騒ぎをした。自動車の屋根の上に立ち、窓から身を乗り出して国旗を打ち振って行進した。>(同書20頁)
メキシコで出会った人たちは、W杯を一般大衆の「お祭り」として楽しんでいることに驚かされたという。メキシコでは2年前の68年に五輪も開かれているが、五輪とは明らかに違う「お祭り」の要素が強かったと牛木さんは指摘している。
「短期集中開催」か「長期分散開催」か
同書では、W杯と五輪の「違い」についてさまざまな側面から分析しているが、②の「分散開催」も両者の違いを象徴している。ウルグアイで開催された第1回大会は、首都モンテビデオにある3競技場が会場だったが、4年後の第2回イタリア大会から同国内8都市での分散開催となった。五輪が原則として1都市に各競技会場を集め、約2週間の短期間であるのとは対照的だ。
<(五輪は)多くの種目を一時期に一つの都市で開催するから、非常に多くの人々が都市に集中する。参加選手と役員は1万人を超える。加えて運営役員、ボランティアなどサービス要員が数万人、さらに国内外から多種多様な見物客が狭い地域に集まることになる。交通の混雑、宿泊施設の不足が起きるのは当然である。>(28~29頁)
それに引き換え、「長期分散開催」のW杯には五輪とは違ったさまざまなメリットがあると牛木さんは指摘する。<実施競技は一つのスポーツ、男子サッカーだけである。会期は1カ月以上に及び、試合は国内の9~12都市くらいに分散して行われる。出場するのは32チームで選手数は736人、役員などを加えても千人余りだろう。観客は多いが、一つの試合については2チームのサポーターだけを考えればいいから、コントロールはむずかしくない。(略)一つの会場あたりの運営経費は小さいから、その町の能力の範囲内で運営できる。(略)そして何よりも、その町の人々に世界的な大会に貢献したしたという誇りをもたらす。>(29~30頁)
W杯は超高額な「賞金大会」
参加する選手の費用負担についても五輪とW杯では大きな違いがある。五輪は原則として参加する選手側が旅費や滞在費を払って大会に参加するが、サッカーのW杯は、時代によって移り変わりはあるが、参加費用は主催者側がすべて負担してきた。しかも高額な賞金も出る。
現在行われているカタール大会では、出場32カ国チームに総額4億4000万ドル(約616億円)の賞金が支給される。優勝チームには4200万ドル(58・8億円)、準優勝は3000万ドル(42億円)、日本が目標に掲げたベスト8なら1700万ドル(23・8億円)が与えられ、1次リーグで敗退しても900万ドル(12・6億円)が支給される。