2024年2月25日(日)

徳川家康から学ぶ「忍耐力」

2023年1月1日

信じていた家臣たちの「団結力」

 人質という逆境のなかで家康が気力を鼓舞し続けたのは、「生涯にわたって人質にされるはずがない」という希望と「自分の帰りを一日千秋の思いで待ち続けている家臣たちの期待を裏切るわけにはいかない」という強い責任感・連帯感だった。

 実際、三河武士は、どこの国の武将たちよりも「団結力」が際立っていて、普段は田畑を耕して暮らす泥臭い生き方をしていたが、いざ戦が始まったならば、命がけで敵に向かっていく。

 三河武士で多くの人が連想するのは、映画やテレビドラマで「天下のご意見番」として登場する大久保彦左衛門だろう。その彦左衛門が書いた『三河物語』に、「団結力」がこれでもか、これでもかと熱っぽく綴られている。

 彦左衛門は「我等が一流の請願は」といって、次の4つの条目を誇らかに掲げている。

一、武道において遅れ取り申すまじき事
一、主君の御用に立つべき事
一、親に孝行仕(つかまつ)るべき事
一、大慈悲をおこし、人の為になるべく候事

 そして、彦左衛門は、文末で、こう締めくくるのだ。現代語訳で示そう。

 「この四請願を毎朝仏神に念じるならば、たちまち二人力となって、引き退くことはなく、尺(しゃく)取(とり)虫(むし)のように少しずつ先へ先へとにじり寄っていくのであります。そうすれば、仏も神も、我等のために誓願をかなえてくださるのである。」

 家康と譜代の家臣たちは、大和魂に優るとも劣らないと自負する〝三河魂〟という不屈の絆で堅く結ばれていた。

 家康には「石橋を叩いても渡らない」といわれる慎重な面があったが、父も祖父も家臣に殺されていたと知ると納得がいく。

 人は一人では生きられない。家康を襲った一連の悲劇的屈辱感は、家康だけでなく、家臣の三河武士たちをも奮い立たせ、やがては「天下取り」という途方もない大きな夢を目指す〝強力な連帯的原動力〟となるのだ。

 興味深い例がある。「水が少ない過酷な土壌で育ったトマトは激甘になる」という逆説的な事実だ。「家康は、まさにこれだ」と筆者は思うのである。

 古代ローマ時代の哲学者セネカが、『人生の短さについて』という著書のなかで、次のように述べている。

 「人生は使い方次第で長くなる。なのに、人はそれを浪費して短くしてしまう」

 逆境も考え方次第、日々の過ごし方次第で、いかようにもなる。そう信じて明るく楽しく生きたいものだ。

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