2024年4月20日(土)

古希バックパッカー海外放浪記

2023年1月15日

頼れるのはお金だけ、豪州でのワーキングホリデーという目標が心の支え

 高校を卒業したA氏は、有名な老舗ベーカリーに就職。アパートを借りて自立生活を始めた。しかし、接客でお客に「おべんちゃら」を言うことができず、自分を曲げてまで仕事をすることに疑問を感じて1年で退職。

 その後は、職を転々と変えながらも必死で貯金に励んだ。児童養護施設出身者は概して貯金に熱心であるという。親も社会も助けてくれない、結局頼りになるのはお金だけと考えが身に染みているからという。自分の人生は自分で切り拓くしかないという人生観が施設の生活で自然と形成されるのかもしれないとA氏は振り返った。究極の自助努力の精神である。

 「過去は変えられないけど、未来は自分で創れる。未来は自分のモノです」というA氏の清々しい言葉が心に残った。

 「豪州には外国人の若者が働きながら学校に行けるワーキングホリデーという制度がある。そして将来は豪州への移住も可能になる」と、高校時代に恩師から聞いた話が就職してから次第にA氏の心の中で大きくなってきた。こうしてA氏は豪州でのワーキングホリデーを目指して資金を貯めて21歳で渡航。

日曜日の朝、寺院へ捧げる供物を運ぶ女性達

豪州社会の多様性に魅せられて

 パースで英語学校に通う傍らアルバイトをするという生活を1年続けた。1年間英語学校に通い英語でのコミュニケーションには不自由を感じなくなった。次にA氏が考えたのはオーストラリアで生活していくために手に職をつけることであった。オーストラリアは農業大国であることから農業関係の仕事はいくらでもあると考えて園芸学校に入った。園芸学校には16歳から45歳までの年齢も人種も経歴も異なるさまざまな生徒がいた。

 日本という画一主義的で同調圧力の強い社会とは真逆の豪州の多様性を受容する開かれた社会に自分の精神が解放されていくように感じたという。園芸学校を卒業してから農園での仕事に従事。当時交際していたオーストラリア人の彼女のサポートもあり20代後半で永住権を取得。その後、事情があって彼女と別れてからも園芸関係の仕事を継続。

 さらに長期休暇を利用してオーストラリアをベースに東南アジア、南米、インドなど世界中を旅して見聞を広げた。

ワイナリーの近くに終の棲家を購入

 こうして経験を積んだA氏は30代後半でワイナリーに職を得た。最寄りの空港まで250キロ、車で約3時間というド田舎らしい。ワイナリーの従業員はほとんど地元出身者で、高校卒業資格を持っているのはたった2人しかいない。つまり大半は中卒か高校中退という学歴。そんなわけでA氏は「自分はワイナリーでは高学歴者です」と笑った。

 A氏は1年前に職場のワイナリーの近くの庭付きの一軒家を購入。職場から歩いて5分。芝生の庭だけでも50メートル四方もある。マカデミアナッツ、ピスタチオ、西洋梨、日本梨、杏子、チェリー、イチジク、リンゴ、桃などのさまざまな果樹がある。四季折々の果実は近隣に配っても余るほどという。そして椰子の木の並木道が公道から家まで続いている。

 食事は基本的には自炊しているが、ラーメンや寿司など日本食が恋しくなる時もあるという。現在、絶賛花嫁募集中。「でも、こんな辺鄙なところに来てくれる人がいるかな~」とやや弱気。

兄は行方不明、父親とはいまだに没交渉

 筆者は過去に捉われず自分で未来を創るというA氏の生き様に感銘を受けたが、驚いたことにA氏は現在では兄も父親も少しも恨んでいないという。少年時代に2人に抱いた怨念は「恩讐の彼方」なのであろうか。

 A氏が以前人づてに聞いた話によると兄は高校卒業後に家を出て音信不通となった。兄が成人してどのような人間になったのか気懸りという。父親についても、豪州での生活が長くなってきてから当時の父親の気持ちを多少理解できるようになったという。父親は現在70代なので健康面が心配という。経済的には持ち家があり厚生年金があるので全く不安はない。

 A氏によると父親はいわゆる外面がいいタイプらしい。PTA役員をしたり草野球チームの世話役をしたりと社交的。裏を返せば自分を良く見せたいということらしいが。

 A氏は今では父親を心の中で赦しているが、父親が自分を受け容れるのはハードルが高のかもしれないと、逆に思いやった。A氏は何度か父親に手紙を書いたが一度も返信はないという。

過去に拘泥し現在の自分を肯定できない人生

 A氏のように過去を過去として清算して、いかに今という時間を生きて将来を切り開くか前向きに考えることが出来る人は極めて稀ではないだろうか。自分の不幸を家族や社会が悪いと恨んだり、または過去を悔んだり恨んだりして前を向けない人が多いように思う。それゆえ現在の自分を肯定できない人は自分で自分を不幸にしている。A氏から人生で最も大事なことを学んだ数日間であった。

   
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