超法規的な存在が〝主役〟に
「ここにロシア軍の兵士はいない。ソレダルで戦っているのは、ワグネルの戦闘員だけだ」
1月上旬、SNSのテレグラム上で衝撃的な内容の告発を行ったのは、民間軍事会社「ワグネル」の代表者であるエフゲニー・プリゴジン氏だった。
ウクライナ東部ドネツク州の戦闘でロシア軍が攻略を目指す交通の要衝、バフムトをめぐり、ロシア軍はバフムトに隣接する都市ソレダルを陥落させ、そこからバフムトに攻勢をかける狙いだとみられている。プリゴジン氏は、そのソレダルでの戦闘に参加しているのは、ワグネルの傭兵だけだと暴露した。
プリゴジン氏の発言には信ぴょう性がある。ロシア国防省は1月中旬、ソレダルを掌握したと発表したが、そのわずか6時間後に発表内容を変更し、その戦闘には「ワグネルの志願兵」が加わっていたと認めた。当初の発表はワグネルに言及しておらず、それがプリゴジン氏らの逆鱗に触れたためとみられている。
変更された国防省の声明は、ワグネルはあくまでもロシア軍とともに作戦を実行していたという主張だったが、それでもロシア軍が発表した内容を自ら訂正し、ワグネルに言及せざるを得なかった事実は重い。
この事象が示すのは、乏しい戦果をめぐる奪い合いがロシア国内で起きているという問題にとどまらない。重要なのは、ワグネルという超法規的な存在の傭兵集団が前線において正規のロシア軍よりも重要な役割を担っていると主張し、それを裏付ける事実が浮かび上がっているという実態だ。
民間軍事会社であるワグネルはもともと、その〝存在〟自体が否定された影の組織だった。表立った活動が指摘されはじめたのは、14年のロシアによるクリミア併合がきっかけだった。
ロシア南部ソチで冬季五輪が閉幕した直後、クリミアでは国の記章を着けない正体不明の兵士らが空港や議会を占拠し、クリミア併合作戦が始まった。プーチン大統領は当初、彼らを「ロシア軍の兵士ではない」と主張していたが、後にロシアの関与を認めた。この正体不明の兵士らに、ワグネルの戦闘員らが加わっていたとされる。
ほぼ同時に起きたウクライナ東部での親ロシア派勢力による軍事活動にも、ワグネルの兵士らが参画していたとされる。中東シリアにおいて、アサド政権軍を支援したロシアの軍事作戦にも、ワグネルが参加していた事実が明らかになっている。
受刑者を招集
ワグネルが受刑者を戦闘に参加させている事実も広く知られている。昨秋にはプリゴジン氏自らがロシア国内の刑務所に赴き、受刑者らにワグネルの参加を呼びかけたとされる動画が拡散し、世界に衝撃を与えた。
「私はお前たちをここから出すことができる。しかし、再び生きて戻ってこられるかどうかの保証はできない」。プリゴジン氏が受刑者の前でそう演説する中、刑務所の職員らは脇に並び、その内容を聞いていたという。