2024年12月3日(火)

未来を拓く貧困対策

2023年3月17日

学生に必要な保障額は実質で月額約23万円

 ベーシックインカムとは、政府が、個人に対して、無条件で一定の現金を定期的に配る再分配制度のことである。日本でもそのわかりやすさから何度か注目されてきた概念である。右派、左派の方法にベーシックインカムを支持する議論が連綿と続くものの、『どのような制度として導入するか』という肝心の議論がうやむやとなっている(中田大悟「急浮上するベーシックインカム論 理念だけで語るな」)。

 こうした批判を踏まえ、かつ読者にもリアリティを感じていただくために、具体的な対象者や給付の内容を説明することからはじめよう。

 対象となるのは、1人暮らしをする大学生、短大生、専門学校生である。現在、大学等の高等教育機関の学生は約340万人、大学生で1人暮らしをしているのは全体の約4割である(大学院生を除く。数値は、JASSO「令和2年度学生生活調査報告」、文部科学省「令和3年度学校基本調査」から)。

 概算すれば、ざっと約136万人が制度の対象となる。ただし、制度開始時には進学者が増え、自宅から1人暮らしをする者も増えるから対象者は膨らむだろう。

 給付額は地域によって異なる。ここではモデルケースとして、高校卒業後すぐに都内の私立文系大学に進学し、東京都23区に住む場合を紹介しよう。

 給付額は最大で月額13万10円、内訳は食費、服飾費、水光熱費などの生活費が7万6310円、家賃が5万3700円である。これが基本額となり、奨学金やアルバイト、親からの仕送りなどの収入がある場合にはその分だけ減額となる。

 ただし、大学生活に必要になる入学金、授業料等の諸経費、教科書代、クラブ活動費などがある場合には、収入はそちらに充当することができる。学費は公立・私立、文系・理系でかなり異なるが、私立大学の年平均は約117万円である。月額にならして約10万円と考えよう(文部科学省「私立大学等の令和3年度入学者に係る学生納付金等調査結果について」)。

 アルバイトなどの月額収入が10万円を超えない場合は、約13万円の基本額全額が支払われる。超える場合は、順次減額となり、学費等と基準額の合計額を超える収入がある場合は対象外となる(図表1)。

 税控除なども考慮するから、対象外になるのは手取りで月額23万円以上の収入を得る大学生となる。筆者の感覚では1人暮らしで恩恵を受けられない学生は、「ほぼゼロ」である。希望者全員が利用できるベーシックインカムに限りなく近い「疑似ベーシックインカム」となる。

 もちろん、親と同居する人に不平等であるとの意見がでるだろう。これには、「給付を受けたければ1人暮らしをはじめればよい」というのが回答となる。

疑似ベーシックインカムで学生生活はどう変わるか

 疑似ベーシックインカムの導入で実現するのは、「親ガチャ」のない社会である。

 よい親の元に産まれれば、学費など心配する必要もなく、学生時代は自分の能力を磨くための勉強や部活動、課外活動に集中することができる。東京大学入学者のうち、約4割が世帯年収1000万円超である(東京大学学生員会学生生活調査WG「2021年度(第71回)学生生活実態調査結果報告書」)。

 一方で、アルコールや薬物などの問題を抱え、仕事が続かず、他責傾向が強い親の元に産まれれば、勉強どころか日々を生き抜くことさえ困難になる。生活保護世帯、児童養護施設等の出身者、ひとり親世帯といった経済的困難を抱える層の進学率が一般よりも低いのは、「学費は親が負担するもの」「子育ては親の責任でするもの」という価値観が影響している。政府の対策により格差は縮まりつつあるものの、依然としてその差は大きい(内閣府「令和3年度子供の貧困の状況と子供の貧困対策の実施の状況」)。

 疑似ベーシックインカムが導入されれば、大学や専門学校に行くか、それとも高校卒業後にすぐに働くのか、将来を決める重要な選択をする際に、親の意向や経済的な問題を抜きに考えることができる。


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