菅義偉首相のブレーンと目される東洋大学教授の竹中平蔵氏が言及したことから、にわかに「ベーシックインカム」の議論が盛り上がりをみせている。ベーシックインカムとは、政府が、個人に対して、無条件に、一定の現金を、定期的に配る再分配制度のことであるが、そのわかりやすさに支持が集まる反面、寛大すぎるのではないかという懸念を抱く人も多い。実に論争的な制度案である。
実際、竹中平蔵氏が、年金や生活保護などの現行制度を廃止して、月額7万円のベーシックインカムに置き換えることを提案したことにより、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)では賛否が乱れ飛んだ。
ベーシックインカムをめぐる議論は、実はかなり長い歴史を持つ。しかし、専門的議論が盛り上がったのは1960年代からだろう。この時、ベーシックインカムを支持した主要な経済学者は、ガルブレイス、ミード、トービン、フリードマンなどである。また、ガルブレイスのような左派と新自由主義(右派)の中心人物であるフリードマンという、根本の経済政策思想が対極にある経済学者二人も共に賛成していることが、ベーシックインカム論の面白いところである。
これ以降も、左派と右派の双方にベーシックインカムを支持する議論が連綿と続くものの、それを再分配政策にどのように位置づけるのか、という点については全く意見が異なりつづけている。より正確には、左右によらず意見がバラバラで集約されていないともいえる。
具体的な制度論は
後回しにする導入論者
おおむね、左派にはベーシックインカムを現行制度に付加する形で導入を主張する人が多いのに対して、右派には年金や生活保護制度などのさまざまな福祉制度を廃止して、その代替としてベーシックインカムを導入することを主張する人が多い。竹中平蔵氏は当然ながら明らかに後者である。これに関連して、給付水準をどのように設定するかという制度の中心的問題についても、意見がバラバラである。ベーシックインカムだけで最低限の生活が営めることを主張する者もいれば、最初は既存制度を補完する程度の少額でも良いと考える者もいる。
どのような制度として導入するかという点は、最も重要な論点であるはずだが、ベーシックインカムの導入論者たちは、この点についてうやむやにしてしまうことが少なくない。背景には、政府が労働を条件としない所得と生活の保障を行うという理念が一致できれば、具体的な制度論は後回しで良いと考えているからだと思われる。
しかし、この同床異夢ぶりは、議論が現実的になったとき、間違いなく対立の火種となる。