現行制度を踏まえて
最短かつ可能な改革を
ここまで、ベーシックインカム論に否定的な見解ばかりを書き連ねてきたが、かといって現行の社会保障制度のままで良いとは、筆者も考えていない。むしろ、現行の再分配政策は機能不全に陥っており、この問題の深刻さと解決の困難さをベーシックインカム論は突きつけているといえる。
近年、ベーシックインカム論が盛んになったのは、2007年の金融危機以降である。その背景には、グローバル化で生み出された富が一部の富裕層に集中し、税や社会保障の再分配が機能せず、雇用環境の悪化による中低所得層の苦境が置き去りにされている状況があった。これに追い打ちをかけるように、人工知能(AI)技術などの第四次産業革命がテクノロジー失業を生み出すのではないか、という懸念が生じ、さらに新型コロナウイルスの危機が駄目押しした形だ。竹中平蔵氏の主張は、このような世界で共有されている論調を踏まえたものだろう。
翻って、この新しい時代の危機に対して、政府が有効な対策を打ち出せているとは言い難い。菅首相は、所信表明演説において、自助・自立を第一に、共助と公助を組み合わせ、弱い立場の人には、しっかりと援助の手を差し伸べる旨を述べた。「自助・共助・公助」という区分は、わが国の社会保障論議の中で頻繁に出てくるキャッチフレーズであるが、そこに優劣があるという話ではない。自助を支えるために共助・公助が働き、自助が共助・公助を支えるというように、相互に補完的に機能するものである。むしろ世界では、共助・公助の機能をいかに回復させるのか、という議論が盛んである。
その際、ベーシックインカムのように、実現に多くの課題が残る議論を先行させるのではなく、現行制度を踏まえたうえで、何が最短かつ可能な改革なのかを議論すべきだろう。その中で、小規模なベーシックインカムが可能であれば導入や拡充を議論してもよい。事実、児童手当は一律給付という意味では、わが国ではベーシックインカムに最も近い制度である(ただし、政府は高所得層への特例給付を廃止する方向で検討を開始している)。
また、行政のデジタル化の議論も見逃せない。これまで、再分配の還付や給付は、国民による政府への申請が前提条件となっていたが、税制や社会保障制度でデジタル化が進めば、条件を満たす国民には政府から自動的に受給対象者へと移行させられる仕組みに切り替えていくことも可能となる。
このように、実現可能性を考慮しながら、地に足の着いた議論を進めることが望まれる。格差や貧困に苦しむ人は、今、目の前にいる。遠い先の議論よりも足元の議論を優先すべきだ。
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