ゼロゼロ融資の〝効果〟なのか、21年の倒産件数は過去30年で最低の数字となった(東京商工リサーチ調べ)。だが再びコロナ禍のような事態が発生した時、ゼロゼロ融資のような救済策を繰り返すべきではない。
確かに、宿泊業のうち地場の旅館は、雇用や取引先の企業を支える地域経済の柱である。だが元々、旅館は総資産に占める借入金の割合である「借入金依存度」が平均で77%(16年度、日本旅館協会調べ)と、借金体質だった。
「旧来型の旅館は、債務過多で設備投資が進まず、施設が老朽化し、それを労働集約型で運用して人件費がかさみ、市場の変化に対応できずに客単価を上げられず、結果赤字が続き、さらに債務が増えるという、負のスパイラルに陥っている」と、官民ファンドの地域経済活性化支援機構(REVIC)の大田原博亮執行役員は指摘する。
観光政策に詳しい早稲田大学大学院商学学術院の池上重輔教授は「観光庁は中長期的施策にも取り組んでいるが、日本の観光支援策の多くは、近視眼的な〝現状維持〟が最優先課題になっているように見える」と話す。また、財政学が専門の慶應義塾大学経済学部の土居丈朗教授も「ゼロゼロ融資などの資金を注入することが、厚生年金がない経営者へのセーフティーネットになっている。将来的には、経営者には別の社会保障制度を整備することが必要だ」と指摘する。
旅館再生に挑む湯河原
持続可能な観光政策とは
観光業を「足腰が強い」産業に転換すべく新たな取り組みを始めている事例もある。神奈川県湯河原町の高級旅館「白雲荘」では、ゼロゼロ融資を利用することもなく、コロナ禍でも過去最高益を3年連続更新している。運営会社リアルクオリティ(東京・渋谷区)の小林豪代表取締役は「コロナ禍当初の20年春にあえて大きく設備投資を行い、部屋ごとに温泉を設けるなど非接触に対応できるよう改装した。
旅行ニーズは2~3年で変わる。それに合わせて投資を行えば、宿泊客は来る」と語る。コロナ禍でも稼働率は月平均で60~70%で、常識破りの実績を収めていた。また白雲荘は17部屋を擁するが、旧来の旅館でこの稼働率ならば40~50人の従業員が必要なところ、インターネット予約やセルフサービスの活用などにより社員10人で運営できている。
ニッチを攻めたリーズナブルな旅館もある。「THE RYOKAN TOKYO湯河原」では、夏目漱石など文豪が愛した地という歴史にちなみ、「原稿執筆パック」などクリエーター向けのプランを設定。支配人の佐藤秀紀氏は「湯河原の主要客層は40~60代の夫婦などだが、当旅館の客層はほぼ20~30代の女性だ」と語る。
また、夏目漱石の小説にちなみ命名され、昨年に開業した旅館「夢十夜」も、20~30代の女性層の取り込みに成功した。同旅館は、元は経営破綻した老舗旅館であったが、REVICを旗振り役として、地域や自治体、金融機関などを巻き込んだ旅館再生プロジェクトにより蘇った経緯を持つ。前出のREVIC大田原執行役員は「現地の不文律や人間関係も熟知し、経営実態の把握や経営者の見極めもシビアな地域の金融機関の役目は大きい」と話す。
さがみ信用金庫(小田原市)湯河原支店の葊瀬真支店長は「旅館の客層とリンクした飲食店の創業支援など、地場の金融機関だからこそできることがある」と意気込む。
冒頭の奈良の観光業者でも、新たな取り組みが始まっている。前出のべっぴん奈良漬・五十嵐代表は「お土産需要の喚起のため、酒粕を使ったドレッシングなど新商品を開発するなどして、客層の多角化を進めている」という。
また、奈良公園近くにある日本酒「春鹿」の醸造元「今西清兵衛商店」の今西清隆社長は、「コロナ禍で来蔵される人数が減った。そこで、酒蔵限定の特別な日本酒を商品化し、購入者特典としてオンラインでの酒蔵イベントを定期的に開催した。客層の新規開拓や既存のファン層との関係強化を図り、今ではコロナ以前の売り上げに戻せた」と話す。
観光客「数」が戻っても、油断はできない。観光業者は新たな一歩を踏み出すときだ。加えて国はゼロゼロ融資のような延命治療策をやめ、観光事業者に挑戦を促す政策を打ち出すことができるのかが問われている。