「医者の不養生」につける薬は罰則しかない!
医師の業界は、いわゆるブラック企業に類する過酷な職場で、時間外労働の過労死ラインとされる80時間超が常態化している。働き方改革関連法はすでに19年に施行開始されているのに、医師の世界だけが適用を免れてきていた。
理由は、医師の労働時間の定義が曖昧で、とりわけ「業務」と「業務外研究」「自己研鑽」の区分けが困難だったからである。それに加え、多くの医師が常勤勤務先とは別に、非常勤で他の医療機関にも勤めている。当直や週末の日当直を行っている場合もある。日当直にも、「通常ほとんど業務が発生せず、夜間に十分な睡眠が取り得る」場合もあれば、引切りなしに急患が出て、実質夜間業務と呼ぶべき場合もある。
厚労省としては、たとえそれらの錯綜した業界事情があろうとも、医師だけをいつまでも特別扱いするわけにもいかない。5年の準備期間を与えて、いよいよ24年からは働き方改革関連法が罰則付きで施行されることとなった。
その目的は、連続勤務時間制限や勤務間インターバル制度などによって、医師の長時間労働を是正することにある。そして、長時間労働医師に対しては、その健康状態を他の医師が指導する制度を厚労省は考案した。
法による善意の強制を「法的パターナリズム」と呼ぶ。「あなたのためを思えばこそ」という「慈父の愛」を、法の強制力で表現しようというわけである。
この精神は、本件の場合、「医師は『医者の不養生』を自分では改められない無力な子どもであり、国としては慈父の自覚をもって、法律で健康管理を強制する方が本人のためになる」という考え方である。まさに、そこには「自分たちなら賢くて健康のための判断ができるが、医師たちはそうではない」といった「賢者としての自覚と責任」を感じさせるものがある。
「医者につける薬」はないから、自分たちが罰則付きで強制してあげようという発想である。この制度を「健康の専門家」であるはずの医師の誰一人として「屈辱」として受け止めないのは、医師たちがまさにそのような集団だからであろう。
新幹線で眠ったら睡眠負債!
さて、「研修」は、全体として総論から各論まで、理論から実務まで多岐にわたっていたが、なかでも医師面接の方法が具体例に富み、模擬面接の動画まであって、興味深いものがあった。
特筆すべきは、睡眠負債に関連して、医師の日常をふまえた、チェックポイントが記されている点である。私ども精神科医は、平日と休日の起床時刻の差を見て、睡眠負債を評価するが、「研修」ではそのほかにも、図に示すようなチェックポイントが推奨されていた。
このうち「いつでもどこでも寝ようと思えば入眠可能」のところには、わざわざ「新幹線で大阪方面から東京駅に向かう場合、車中で寝ようと思えば入眠できる」が具体例として挙げられている。医師にもこういう人がいるが、読者にも当てはまる人がいることだろう。
「昼食後の午後に眠気、疲労感を感じる」などは、そうでない人はむしろ少ないであろう。「夕方のカンファレンスで起きているつもりなのに気づくと寝ていることがある」とあるが、日中診療がある医師たちは夕刻に症例検討会を行う。ビジネスパーソンなら「午後の会議」だと思ってほしい。
身に覚えのある人は多いはずである。「車を運転中に眠気を感じていないのに不意に一瞬居眠りをすることがある」あどは、営業で車を運転する人にとっては、危険極まりない。外科医が手術中にこれを起こしたら、重大な医療事故を招く。
さて、これらを「研修」は、「睡眠負債の把握で有用な項目」としてあげている。となると、ビジネスパーソンは、程度の差こそあれ「睡眠負債あり」だといえるであろう。