2022年12月2日(金)

解体 ロシア外交

2013年7月29日

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 特に、6月26日には、イランの艦隊がロシアの港湾都市であるアストラハンに派遣され、29日、ロシアのカスピ海艦隊副司令官のヤクボフスキーはイランの海軍艦隊司令官との会合後に、2013年末までにカスピ海での海軍合同演習を行う計画を発表していたのである。カスピ海での両国の合同軍事演習は2009年が最初で、その後、両国海軍の関係は深化してきた。だが、結局本件は最終合意に至らず、7月に入って合同演習は実施されないことが発表された。

 このように、イランとロシアの軍事協力は一筋縄ではない。

関係良好だったグルジアがイランから距離?

 そのような中で、興味深い動きがあった。それは、ロシアと難しい関係にあるグルジアのイランに対する新たな動きである。グルジアはイランと歴史的に関係が深いだけでなく、ロシアとの厳しい関係の穴を埋めるかのように、ソ連解体後も良好な関係を築いてきた。特に、ロシアからエネルギー制裁を受けているときも、イランからのエネルギー供給にかなり助けられていた。

 そのような背景もあり、グルジアは2010年にイランとの関係を深化させために、ビザ(査証)の発給なしに、両国民が相互に、45日までの短期訪問を可能にする合意を結んでいた。グルジアとしては、親欧米政策は維持しつつも、イランとの関係を強化し、特に、ビジネス協力を拡大させたかったのである。この導入により、グルジアで登録されたイラン企業の数は数十から1489に増加し、それには3つの銀行も含まれるという。さらに、2010年には21,300人だったイランからのグルジアへの観光客は、2012年には89,600人に増加し、二国間貿易も同時期に7000ドルから1億1800ドルへと拡大した。

査証免除措置の取り消しは米国の圧力?

 このように、グルジアはイランへの査証免除で多くのものを得ていたにもかかわらず、7月1日に査証免除の措置を取り消したのである。グルジア外務省は、今回の措置は、グルジアの出入国管理に関する法律の変更に基づいて、グルジア独自の判断でなされたものであり、グルジアと査証免除協定を結んでいるほかの【多くの】国にも取られた(ただし、日本を含む、多くの国の査証は現在でも免除されている http://www.mfa.gov.ge/index.php?lang_id=ENG&sec_id=96)としている。つまり、否定はしているものの、この措置が米国の圧力でなされたとみる向きが圧倒的である。

 さらに、この措置の導入に先立ち、6月21日にグルジアの法務大臣はイランの企業や個人に属する150の銀行口座について凍結したことを発表していた。

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