バイデン政権と他の民主主義国は、軍部が民主的な選挙結果を覆してはならないことをはっきりとさせ、指摘し続けるべきである。
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タイの首相選出プロセスは、上下院別々に過半数が必要なのではなく、上院250議席と下院500議席の合計750議席の過半数の376議席の支持を得られればよい。従って、500人の下院議員中の376人が支持すれば首相を選出することが可能である。その観点から言えば、第1党の前進党(151議席)と第2党のタイ貢献党(141議席)が連立し、不足の83議席を他の政党と組めば可能ではあるが、現実的には難しいと思われる。
第2党のタイ貢献党は、タクシン元首相が、貧しいタイ人の支持を利益誘導で買い、タクシン元首相の政治的野心のための私党と見なされている。他方、第1党の前進党は、米ハーバード大学卒のピタ・リムジャラーンラット党首の下、都市部のインテリ層が支持している政党であり、同党からすれば、タイ貢献党も腐敗した旧体制の一部であり、この2党が連立を組むこと自体が簡単ではないであろう。
前進党は、ハーバード大卒の党首を擁し、不敬罪などの見直しを公約しているので欧米の受けが良いのは間違いない。しかし、これまでタイを事実上支配してきた既得権層が秩序を破壊するものと見なしているのは間違いなく、さらに、都市部と田舎の分断の大きなタイの現実を考えれば、都市部のインテリが好む西欧型民主主義の政党が、どこまで田舎の貧しい層に受け入れられるのか大いに疑問がある。
上記の社説は、ミャンマーの例を引用して既得権益に固執する軍部が民主的な選挙の結果をクーデターで覆すことを懸念して、バイデン政権以下の民主主義国がそのようにならないように監視するべきであると論じている。しかし、恐らく、そうした事態にはならず、タイ人の好む妥協の精神に基づき、複雑な妥協と取引の上に現状とあまり変わらない体制が続く結果になるのではないか。
ピタ党首も既得権層出身には違いない
さらに、社説は、民主化を求める民衆とそれに反対する軍部というステレオ・タイプの見方をしているが、タイはもっと複雑だ。そもそもタイでは歴史的に少数の既得権層と大多数の一般国民との間に深刻な分断があり、実は軍自体も既得権層の道具に過ぎないと言える。
タクシン元首相は、既得権層の末端に位置していたが、利益誘導で多数の貧しい国民の支持を集めて政治権力を奪取したために裏切り者として追放された。ピタ前進党党首も恵まれた出自であり、既得権層出身になろう。タクシン元首相との違いは、今のところピタ党首は、政治力を自分の私利私欲のために用いていないと思われる事である。
その意味では、タイでようやく真に西欧的な民主化運動が始まったのかもしれない。しかし、そもそも、タイが西欧的な民主主義を選ぶかどうかはタイ人自身が決めることである。実質的な西欧的民主主義がタイに生まれるかどうかは、既得権益を守るために軍部も動員出来る既得権層の反発、利益誘導に流される貧しい田舎の民衆と、難しい要因が揃っている。