中国が話し合う関係の再建に合意した背景事情として、この論説は中国がインド太平洋における新たな現実を不承不承受け入れることにしたことを指摘している。
新たな現実とは、米国による安全保障のネットワークの強化である。米国が主導する機微な技術の輸出規制もそれである。米英豪の安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の存在やフィリピンとの防衛関係の進展もある。バイデン政権が以上の事情を含め強い立場で交渉出来たことが、成功の理由だとこの論説は評価している。しかし、少々褒め過ぎのように思われる。
なるほど、中国は米国の壁はなお厚いと感じたかも知れない。しかし、中国にとって情勢が不利に展開している訳では必ずしもない。欧州や南太平洋における外交努力は線香花火だったかも知れないが、中東では存在感を示し得た。台湾を巡る米国との軍事的対峙の状況には一定の前進があったと思っているであろう。
来年1月の台湾の総統選挙を睨めば、物分かりの良さを演出しても損はない。ひたすら話合いの再開を求めたのは米国である。ブリンケンの訪中延期の原因となったのは気球の一件であるが、米国が撃墜した気球の解体結果の公表を控えているのはシグナルに違いない。そういう事情であるので、この論説の助言にもかかわらず、民主・共和両党の強硬派が喝采することは期待し得まい。
国内の反発を恐れトランプ時代の制裁も解除できず
訪中目的を達したとのブリンケンの言明はあるが、軍同士の連絡のチャネルの再開の合意はなかった。先頃のアジア安全保障会議(シャングリラ会合)に際しては、国防相会談の提案を中国国防相に米国が制裁を課していることを理由に中国が拒否したと伝えられる。中国の立場には理由があると言うべきであるが、トランプ政権時代の制裁を引っ込めることは、国内の反発を考えれば、バイデン政権にはできないのであろう。
なお、バイデン政権の自由で開かれたインド太平洋戦略は、この論説が末尾で指摘するように、貿易戦略を欠いている。6月15日、米通商代表部(USTR)のタイ代表は効率性と低コストを追及する貿易の自由化が脆弱なサプライチェーンという弊害をもたらしたとして相手国の如何を問わず貿易協定を一律に否定する演説を行ったが、故意の勘違いではないかと思われる政策が変わる様子は見えない。