同研究グループのメンバーであり、助産師でもある大阪大学大学院医学系研究科の渡邊浩子教授は「今の子育て世代は、核家族化や地域社会のつながりの希薄化が進んだ結果、相談できる人が近くにおらず、夫婦だけで子どもを育てる〝孤育て〟状態の人が多くなっています」と現状について指摘し、同メンバーで東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科の松﨑政代教授も「他の人の子育てを見たり、手伝ったりする機会も少なくなったため、自らの出産によって初めて赤ちゃんと接するという人が少なくありません。みんなで見守り、必要な時に手を差し伸べることが何より重要です」と話す。
今の時代、インターネットで検索をすれば、子育てに関するさまざまな情報を得ることができる。だが、残念ながらその多くは〝不安情報〟である。こうした環境下においては、専門家や育児経験のある先輩ママからの「大丈夫」という一言が何よりも子育てに悩む人たちの「安心」につながるということを、座談会に参加するお母さんたちの表情の変化が物語っていた。大阪大学のこの研究は2028年3月末まで続く予定だ。
当事者の「本音」は置き去り
〝ちぐはぐ〟状態の少子化対策
子育てのプロに「大丈夫」と言ってもらえることがどれほど心強いことか、身をもって体験した人がいる。
今年4月、第一子を出産した川崎市在住の加藤優香さん(38歳)は、夫の会社の育休制度の問題や、九州の実家近くにある病院は高齢出産の受け入れ体制が万全ではなかったこともあり、里帰りをせず川崎市での出産を決めた。彼女が退院の翌日から5泊6日で利用したのは、武蔵小杉駅からほど近い、産前産後ケアセンターVitalité House(川崎市中原区)だった。
同施設では産後の身体を癒す空間や食事が提供されることに加え、助産師をはじめとする育児の専門家が24時間体制で常駐しているため、入居中に助産師のサポートを受けながら授乳や沐浴などの練習をすることができる。
加藤さんは「夫婦で育児を頑張ろうと意気込んでいましたが、やはり初めての育児で不安も大きく、『何があっても安全さえ確保できていれば、それでいいのよ』『大丈夫よ』と助産師さんに言ってもらえたことで、肩の荷が降りました。疑問点も聞いたらすぐに返してくれ、私にとっても夫にとっても安心でした」と話す。その一方、「母乳をあげるのにこんなに体力がいるのかとも感じました。でも、この施設で出されるおいしいご飯にも助けられ、5泊6日を楽しく過ごすことができました」と笑顔で語ってくれた。
わが国では今、岸田文雄政権が掲げる異次元の少子化対策が連日のように報道されている。政府は4月1日にこども家庭庁を発足させ、6月13日には「こども未来戦略方針」を閣議決定した。国として、子どもを大切にするというメッセージが発信されることの意義は大きいだろう。
だが、この方針について、歴史人口学が専門で上智大学の鬼頭宏名誉教授は「若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けないことや、子育てしづらい社会・職場環境、経済的・精神的な負担などが課題として挙げられている一方で、『加速化プラン』では子育て世代への経済的支援が主体となってしまっており、課題認識と対策が〝ちぐはぐ〟な印象を受けます。子育て世代の経済的支援だけを強化していては出生率の向上はわずかにとどまるのではないでしょうか」と指摘する。
少子化は経済面以外にも複雑な要因が絡み合って起きている。本特集では、現代を生きる若者や子育て世代の「本音」を探り、結婚や子育てに希望が持てる社会の実現に向けて、どのような支援や政策が必要なのか、その処方箋を示していきたい。