ゴールドウォーターが蒔いた種を育てたのが、68年大統領選挙で共和党候補となったリチャード・ニクソンである。彼は、南部の保守的な白人の支持を共和党に向かわせるべく、彼らの人種に対する意識、また税や社会福祉に対する不満を掻き立てた。
そして、そのような立場をうまくまとめたのが、80年大統領選挙で共和党候補となったロナルド・レーガンだった。レーガンの下で、小さな政府の立場を主張する経済的保守派、キリスト教倫理を重視する社会的保守派、ソ連に強硬な立場をとる軍事的保守派が結集し、南部を共和党の支持基盤に変えたのである。
権力を持った保守の苦悩
今日の共和党の選挙戦術の基礎を確立したのが、共和党院内総務を務めていたニュート・ギングリッチである。彼が中心となり、小さな政府の実現を中心に据えた選挙公約集(「アメリカとの契約」)を出すことによって、1994年中間選挙で共和党が圧勝した。
そして2000年と04年の大統領選挙で共和党のジョージ・W・ブッシュが勝利したことにより、共和党の恒久的多数派体制が確立したと指摘する人も現れた。とりわけ、04年大統領選挙の際に社会的保守派が福音派と呼ばれる保守的なプロテスタントの有権者の動因に成功したことが、共和党の選挙での強さを際立たせた。
だが、共和党が連邦議会上下両院と大統領職の全てを支配するようになると、党内の路線対立が顕在化するようになった。民主党の方針に反対するだけなら大同団結ができたが、力を持つ側になると政策の実現をめぐって争いが生じたのである。
軍事的保守派は軍拡の必要性を説くが、その為に必要なコストの支払いを経済的保守は嫌う。また社会的保守派がモラルについて規制強化しようとすると、連邦政府の役割増大に反対する経済的保守派は反発するのである。
保守派の内部対立は、ジョージ・W・ブッシュやジョン・マケインなど、党の大統領候補に対する批判にもつながった。社会的保守派を支持基盤にしていたブッシュは「思いやりのある保守主義」と称して福祉拡充を容認する立場をとったし、マケインも福祉予算の大幅削減に反対した。
経済的保守派はこのような立場を受け入れがたいと考え、ブッシュやマケインを「名前だけの共和党(RINO)」と呼んで批判した。このような人々が後にティーパーティ派となっていったのである。
トランプ党へ
共和党を大きく変えたのが、16年の大統領選挙に出馬し当選したトランプだった。トランプは減税を掲げながらも、米国=メキシコ国境地帯の壁建設に代表されるような大規模な公共事業の実施を主張し、社会支出の拡大も主張した。
また、社会的保守派の支持獲得を目指して福音派のペンスを副大統領に指名したり、大統領になれば人工妊娠中絶に違憲判決を出す人物を連邦裁判所判事に任命すると宣言したりしていたが、彼自身は性的なスキャンダルを抱えていた。トランプは米国が世界の覇権国としての立場をとることも拒否した。
トランプの立場は伝統的な共和党のスタンスと相容れなかったが、かつて製造業に従事していた白人労働者を支持者として取り込むことに成功した。中南米やアジアからの移民も増大し、2040年代のいずれかの段階で白人が人口の半数を下回ると予想される中、社会経済的地位を低下させて現状に不満を持つ白人労働者層はトランプの岩盤支持層となった。トランプは、実質的に共和党を乗っ取ったのである。
このような経緯を考えると、共和党で大統領候補を目指す人々は、減税を主張し、人工妊娠中絶などの争点について保守的な立場をとることに加えて、白人労働者層の支持を確保する必要があると言えるだろう。対外政策は大統領選挙に際して有権者の投票行動を大きく左右しないとされるが、白人労働者層の生活を守るために中国と対決して国内の製造業を守る観点から通商政策を実施するというスタンスを取ることが期待されるといえよう。