2024年11月27日(水)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2023年9月5日

 この大統領予備選挙では、事前の予測に反して左右の既成政党を押しのけて、極右ポピュリストのミレイが個人でも政党でも30%を獲得してトップに立った。行き詰りつつある経済に効果的に対応できない左派の現政権・与党が国民の支持を失うことは予想されていたが、これに代わり中道右派が復活し、特に治安維持に厳しい態度で臨むブルリッチ元治安大臣が同派の指名を得て有力候補となると見られていた。実際にはブルリッチの個人票はそれほど伸びず、これは一部の票がより保守的なミレイに流れたためと見られる。個人得票率では2位は、左派・与党連合のマッサ経済相が21%、ブルリッチは17%で3位にとどまった。党派レベルでは、右派連合が28%、左派連合は27%であった。

 アルゼンチンにとっての不安は、選択肢となったミレイ候補が、インフレや通貨下落対策の決め手は中央銀行を閉鎖しペソをドルで置き換えることであるとし、更に国有企業の閉鎖又は民営化、徹底的な歳出削減とそのために保健省、教育省、環境省の廃止、大幅減税や規制緩和といった極端な主張を行っていることにあり、今回の選挙結果はペソの大きな下落を招いた。ミレイは、経済的には徹底したリバタリアン(自由至上主義者)であり、親米、親イスラエルで、中国やラテンアメリカの左派指導者を批判し、メルコスール(南米南部共同市場)からの脱退を目指すという。

 さらに、ミレイは、トランプを崇拝しブラジルのボルソナーロ前大統領に共感し、過去の軍事政権を擁護し、銃規制を緩和し、人工妊娠中絶に反対、地球温暖化を認めないなど、社会的には超保守派で、アルゼンチンのトランプそのものである。

10月の本選挙はどうなる?

 10月の本選挙では、45%以上の得票でトップに立つか、40%以上の得票かつ2位に10%の差をつけなければ、上位2候補の決戦投票となる。ミレイの主張は現実離れしているのでその勢いが維持できるかは疑問だとされる。いずれにせよ決選投票となる可能性が高く、どのような組み合わせになるかによって当選者も変わってくるのではないかと思われる。

 例えば、ミレイとブルリッチであれば、中道左派票はミレイには行かずブルリッチに有利となろう。他方、ミレイと中道左派のマッサであれば、中道右派の保守派はミレイを支持する可能性がある。ミレイが失速しマッサとブルリッチの決選投票となれば、ミレイ支持票がブルリッチに流れる可能性がある。

 今後、左右の両派はいずれもミレイの政策の非現実性を攻撃するであろうが、ミレイは経済学を修めたエコノミストとしてそれなりの実績もあり、10月の本選へ向けて政策を多少は実現可能性のあるものに修正、あるいは説明を変えていくのではなかろうか。いずれにせよミレイにとっては、既成政治家は駄目で変化が必要だとの国民の怒りが最後まで追い風となろう。重要課題に効果的に対応できない既成政治家に絶望した国民が、とにかく変化を求めて、議会に十分な政治基盤を持たない大統領を人気投票で選び、国政が混乱するというパターンは、近年ブラジル、ペルー、チリ、コロンビアで見られた現象であるが、アルゼンチンでも繰り返されることになるのかもしれない。

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