その空間に入ってすでに半日がすぎ、夫妻は末期を迎え、幼子たちは中年にさしかかる年齢になってしまっている。
そういえば、この浜辺から抜け出そうとしたことがあったけど、なんでだったのか、よく覚えていないな。
すっかり老いてしまった夫には認知症もでてきたのか、そこに着いたばかりの、まだ若かった半日前のことをすでに忘れている。まして、離婚をめぐり妻といさかいをおこしことなど夢のまた夢のような穏やかな表情をしている。達観、諦観とでもいうのか。
その言葉を聞く妻の方も同じようだ。ただ、二人の間にある愛情のようなものは不思議と劣化していない。それだけは時間を超えるということか。
その後の展開はここでは触れないが、この異空間に筆者はさほどの恐怖をいだきはしなかった。それは、つくりものにすぎないから安心して見られるといったことではない。幼子にとってみれば、思春期を瞬間のように飛び越え、感情の嵐や戸惑いを味わうことなくたった1日半で老いて死んでしまうのは、たまったものではないだろう。
だが、ある程度年を取った者たちはどうなのか。これは筆者の個人的な感慨にすぎないが、さして悪くはないのではないか、ということだ。
佐野洋子が見せた晩年の生き方
「100万回生きたねこ」(1977年)などで知られる作家、佐野洋子が、がんに侵されたころに初めて乗ったクルーズ船で日記を書いた。自慢話ばかりする年寄りたちに辟易した彼女は結局、途中で下船してしまうが、日記の末尾にこうある。
<私も又、ばあさんである。しかしまだ八十ではない。
運悪く生き延びたらいったいいかなる心がけ、いかなる外見を心がけたらよいのか。一体誰が長命を喜ぶのか。六十八歳をいかなる存在そして自らを納得させ得るのであろう。いかなる喜びがあるのであろう。
鏡を見たら、私は云うに云われぬ醜女なのであった。
ブスといっても限度を超えている。一生この顔で平気で生きて来たと思うとぞっとした。私の男たちは一体どこで、自分の望みや虚栄心と折り合いをつけたのか。可哀そうに。
私はもう心の錦をあてにする程無邪気ではない。そして私がいかなる自覚を持ってももはや遅いのである。人生は過ぎ去った。>(「KAWADEムック 文芸別冊総特集 佐野洋子」、2011年)