2022年11月28日(月)

WEDGE REPORT

2022年10月21日

»著者プロフィール
閉じる

藤原章生 (ふじわら・あきお)

記者・作家

記者・作家。北海道大学工学部卒。1989年より毎日新聞記者。ヨハネスブルク、メキシコ市、ローマなどに駐在。2005年、『絵はがきにされた少年』(集英社)で開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『ぶらっとヒマラヤ』(毎日新聞出版)。
 

 

 映画「ロスト・ドーター」(2021年)は、ひとり海辺の町へバカンスにやって来た中年女性が若い母親と幼い娘に目を奪われ、過去に母親としての役目を全うできなかった記憶と悔恨を呼び起こす心情を描く。そこには、冷戦終結や米同時多発テロなど国際社会がどのように変化しようと、「母親の役割」が変わらないどころかより重くなっている様子が見えてくる。

(Avesun/gettyimages)

吸い込まれていく女性の過去の謎

 映画は冒頭、夜、ひとりの中年女性が打ちひしがれて浜辺へ向かい、波打ちぎわに倒れ込む。霧笛、ブルース調のBGMも重なり、どこか不穏なムードで映画は始まる。

 場面は切り替わり、その中年女性レイダがバカンスなのか、うれしげに車を運転し、ややすすけた貸別荘に、本が詰まったトランクとともに降り立つ。迎える初老の男との会話から、そこはギリシャの島でレイダは大学教授だとわかる。

 翌朝、レイダが誰もいないリゾートの浜辺でくつろいでいると、米国のニューヨーク、クイーンズ地区からやってきたギリシャ系の総勢20人を超える大家族が現れ、静かな休暇が台無しになる。そして、一族の中にいた若い母親と幼い娘にレイダの目は奪われ、彼女は20代半ばで産んだ2人の娘を回想し始める。

 レイダを演じるのは英国の俳優、オリビア・コールマンだ。ドラマシリーズ「クラウン」でエリザベス女王を見事に演じ、 「女王陛下のお気に入り」(2018年)のアン女王役で米アカデミー賞主演女優賞を受賞、アンソニー・ホプキンスの娘役を演じた「ファーザー」(20年)では同賞の助演女優賞にノミネートされた。卓抜という言葉では足りないほどの表現者だ。

 彼女が演じるためか、ちょっとした目の表情、眉間の動き、嗚咽寸前の顔などから、レイダの過去に何か取り返しのつかないことがあったと、見る者はその謎へ誘い込まれていく。タイトルの「ロスト・ドーター(なくした娘)」と合わせれば、当然のように、彼女が過去に娘を亡くしているのではと想像してしまう。

 その当否はここでは書かない。それよりも大事なのは、この映画が描き出している現代性にある。つまり、一人の女性が抱えざるを得ない不全感だ。

新着記事

»もっと見る