このような薬品の利益構造が、虚偽の研究をもたらした背景にあるが、競合他社にはこの虚偽を暴くインセンティブがある。1000億の機会損失であるなら、数億円を提供して、虚偽を暴く論文を執筆してもらっても安いはずである。
実際に、このようなインセンティブの提供なしに、J-CLEAR(臨床研究適正評価教育機構)の理事らや、その他医師・研究者らが、バルサルタンの臨床試験の問題点を指摘していた(『週刊日本医事新報』2011年7月9日 )。さらに、京都大学の由井芳樹助教が、世界的に権威のある医学専門誌Lancetや『週刊日本医事新報』などで、日本で行われたバルサルタンの臨床試験における“統計学上の懸念”(データ捏造・改ざん疑惑)を指摘したことが決定的になった(“Concerns about the Jikei Heart Study,” The Lancet, 14 April 2012、「Valsartanを用いた日本の高血圧臨床試験の血圧値に関する統計学的懸念」『週刊日本医事新報』2012年5月19日)。由井論文は統計的疑念を示したものであるが、それを受けてバルサルタン論文を再審査したところ、そもそも最初の患者データ自体が操作されていることが分かった。
バルサルタンに脳卒中予防の効果があるとした論文は2007年に発表され(Mochizuki S et al. “Valsartan in a Japanese population with hypertension and other cardiovascular disease (Jikei Heart Study),” The Lancet, 28 April 2007) 、その後、医学情報を伝える専門誌での座談会などの記事によって広報を行い、バルサルタンの売れ行きが急増した。その効果は2012年まで続いたということである。
真実の解明を早めることができる
真実はいずれ明らかになる。捏造は、真実を明らかにしたいという人々の自発的な力によって暴かれた。しかし、捏造は5年間隠蔽され、競合他社は1000億、国は百億の損害を被った。この損害を少しでも少なくする方法はないだろうか。
もし、競合他社が、バルサルタンの薬効論文の欠陥を明らかにした論文に1億円の謝金を支払うとしたら、もっと早く捏造が明らかになったのではないだろうか。あるいは、捏造に加担した人に謝金を払って、捏造の実態を明らかにしてもらってはどうだろうか。これは、事情を良く知らない官僚の規制に任すよりも効果的な方法だと思う。