経済の常識 VS 政策の非常識

2013年9月19日

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原田 泰 (はらだ・ゆたか)

名古屋商科大学ビジネススクール教授

1974年東京大学農学部卒業、博士(経済学)。経済企画庁、大和総研チーフエコノミスト、早稲田大学特任教授などを経て、2015年から日本銀行政策委員会審議委員を5年間務めた。20年4月より現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮選書)など著書多数。
 

 競合他社も怪しげな論文を製造しているから効果はない。そんなことをしたらやり返されるだけだから誰もしない、とは思わない。私は、多くの製薬会社は、そんなことをしていないと思う。また、しているとしたら、対抗上そうしているだけだ。であるなら、捏造論文を作れば、競合他社がその豊富な資金で論文の欠陥を明らかにし、内部告発者を探す。捏造は速やかに暴かれる。また、捏造論文がすぐさま明らかになる可能性が高まることによって、そもそも捏造論文が作られなくなる。捏造論文に割かれる時間は、本来の医学の進歩のために使われる。

 この方法に何かまずいことがあるだろうか。怪しげな薬効論文の欠陥を突く論文を書くのは、真実の探求であるから、それに高額の謝金を払うことに道徳的問題はない。そんなことをすれば、本来、薬効を明らかにすべき研究者が薬効論文のあら捜しをすることに夢中になって、医学の進歩が遅れるという批判があるかもしれない。しかし、そもそも捏造論文自体が医学の進歩を遅らすものだから、この批判は意味をなさない。また、これは圧力であって、数本の批判論文が書かれれば、誰も捏造論文を書かなくなるだろう。

 内部告発者に謝金を払うのは道徳的ではないという議論があるかもしれない。しかし、論文の統計的欠陥は外部からも理解できるが、データ自体を操作していたら、外部からは分からない。これも数件の事件があれば終わりになることである。誰もデータ操作などしなくなる。

 規制に頼らず、安価に、効果的に、捏造を止めさせることができる。不正を防止するためにも競争は有効だ。

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