2024年5月19日(日)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年10月25日

失敗と捉えることは早計

 もっとも、近年の逆風をもって「一帯一路」が失敗したと判断することも、また早計である。むしろ逆説的には、今後は動員可能な資源が限られてくるゆえ、自国の経済発展と安全保障の観点から必要とされる個別案件を精査・選別し、対象国・地域の範囲を見直しながら、より戦略的に構想を進めるであろう。

 すなわち、過去10年の経緯と問題点は、中国には「トライ・アンド・エラー」の範囲内である可能性があり、むしろ長期的に見た場合には、経験の蓄積と機動的な修正が進んでいるとも言える。

 実際を見ると、以前は政府系基金や国営銀行を通じて野心的な資金供与を行ってきたが、関連融資額は18年をピークに減少に転じていると言われる。残高ベースでも2010年代後半から頭打ちになっており、近年では融資供与先からの債権回収や債務再編に力を入れている。ただ、これをもって失敗の象徴と見るのか、あるいは縮小均衡に向けた戦略的再編と見るのかは、意見が分かれるであろう。

 投資先も、従来の重点分野であるインフラ、資源開発、製造だけでなく、ハイテク、デジタル、グリーンといった先進分野への拡大意欲を見せている。この方針は習近平が近年提唱する国内産業構造の高次元化とも整合し、18日演説の「ハード面からソフト面の協力」、「質の高い発展」への転換言及は、これを象徴している。

 地理的範囲という面でも、今後は取捨選択が進む可能性が高い。すなわち、この10年での国際関係の悪化を受け、中国は安全保障上の勢力圏を固める必要に迫られており、「一帯一路」はより地政学的な色彩を帯びるであろう。

各国を惹きつける経済的メリット

 最も重要な地域は、中国が歴史的に勢力圏内と見做し、すでに関係が深化している東南アジアである。加えてインド牽制という点で南アジアは重要であり、資源輸入や権威主義的親和性という観点からは、中央アジアや中東にも注力すると思われる。これは構想当初の地理的範囲からは縮小するが、米中対立が不可逆な中で、中国には経済的実利に加え、安定的な勢力圏の確保という観点からも望ましい。

 もう一つ忘れてはならない視点は、「一帯一路」に参加する国々、特にこれらの国々の親中的な為政者や企業家にとって、中国のもたらす巨大な利権や発展機会が抗いがたい魅力となって歓迎されているという事実である。現実にユーラシアや東南アジアでは、「一帯一路」で新たな道路・鉄道・空港の建設による輸送ルートが開かれ、電力網や通信網が整備され、巨大規模の資源開発や製造工場が建設され、商業も活発化することで、新たな経済発展と通商圏が確立されている。

 「一帯一路」に地政学的思惑がつきまとったとしても、それが経済というインセンティブを基本とする限りは、諸国を惹き付け続けるであろう。


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