2024年5月20日(月)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2023年10月25日

習近平が望んでいた「レガシー」の創出

 かつて東アジア=ユーラシア=欧州を細々と結んでいたシルクロードは、13世紀のモンゴル帝国の急速な勃興に伴い、明確・公式な通商ルートとして確立された。モンゴル帝国は、その安全性と低コスト化を整備し、東西流通量は飛躍的に増加した。

 もっとも帝国自体は急速に分裂して衰退するが、ひとたび発見・確立されたルートの経験や利便は、後の長きにわたって多くの勢力や商人に共有され、19世紀に世界的な海上輸送網が確立される以前は、経済活動に活用され続けた。このように考えれば、「一帯一路」で誕生した各種のルートやインフラは、現在の中国の経済状況や地政学的な思惑、さらには「中華人民共和国」という時代を超え、利便や契機を提供するものとして残る可能性がある。

 そも習近平の目論んでいたところは、短期的な国益に加え、実は超長期的にみた場合の自らの「レガシー」を刻みたいという、遠大な野心に基づくものであったのかもしれない。かつての中国でも、後代に名を刻んだ王朝の皇帝は、大運河建設のようなインフラ事業を起こし、あるいは巨大艦隊を仕立てアフリカまで届く世界探検を行うなど、きわめて特徴的な事績を残そうとした。

 巨大事業による「レガシー」の創出、そして「一帯一路の総設計師」(中国メディア)と呼ばれることは、「中華民族の偉大な復興」や「中国の夢」といったスローガンを掲げてきる習近平にとって、まさに望むものであったのであろう。

 そして、このように「一帯一路」が習近平の自己満足のために存在し、内容も薄い総花的なものであれば、真剣に懸念する必要はなかった。あるいは、それが単に中国のための「ブロック経済圏」にとどまるとすれば、自ずと限界は見えている。だが中国も10年の試行錯誤を踏まえ、また自らの経済構造の限界を突破するため、目下の状況如何にかかわらず、構想を修正・継続するであろう。

「一帯一路」の意外な限界

 仮に、筋肉質に変化した「一帯一路」が「開かれた経済圏」として自律的集積力を発揮するようになり、中国を越えた集積やシナジーの循環を生み出すとすれば、20世紀半ばから形成されてきた現行の世界経済システムと比較し、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる諸国に、もう一つの選択肢を与えうる可能性がある。

 もっとも「一帯一路」には、実は「習近平」という、意外かつ最大の障害があることも、忘れてはならない。権威主義を志向する習近平の本質は、歴史上で反復してきた「開かれた中国」と「閉じた中国」の運動法則から見れば、後者と親和性が高い。まして「西側」と摩擦が強まる中、すでに国内統治で具現化しているように、「閉じた社会」への回帰バイアスがかかりやすく、開放的経済と矛盾をきたす。

 一方で現状の中国経済は、構造的に世界経済と切り離せず、ゆえに習近平は自国主導の「一帯一路」に期待をかけている。しかし、これは彼の「イデオロギー対立、地政学的競争、ブロック政治は選択肢にない」という発言と根本で矛盾する。そして、米中対立や世界経済システムとの競合が高まるほど、習近平の矛盾やジレンマは強まり、これが「一帯一路」に大きな不確実性をもたらす。

 目下の中国経済の最大の障害が「習近平」であるように、それは「一帯一路」にも同様となるであろう。(文中敬称略)

※本文内容は筆者の私見に基づくものであり、所属組織の見解を示すものではありません。

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