2024年5月19日(日)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2023年11月7日

 日本の学校教育が、知識の記憶と過去問の解答に終始し、自己表現と問題解決の経験を軽視しているからであろう。結果として、受験の勝利者は、クイズ解きこそ人生だとみなしてしまう。

教育とは経験の遍歴である

 本来、教育とは遍歴の経験を重ねる旅である。故郷をあとにし、新しい環境に身を置き、新たな指導者につく。しばらくしたら、さらに場所を変え、指導者を変え、学友を変え、多様な経験をつむこと、それが教育の本来の在り方である。

 ヨーロッパ中世の徒弟制度にあっては、職人たちは、複数の親方の下を遍歴し、修業しつつ、技術を高めた。貴族の子弟は、学業終了後にグランド・ツアーと呼ばれる、数ヵ月から数年に及ぶ海外旅行を行った。

 20世紀にはいると、欧米の各大学はギャップイヤー制度を持つようになった。これは、すでに入学資格を得た学生に対して大学が猶予期間を与え、数ヵ月から一年程度の期間、海外旅行、留学、ボランティア活動、インターンなどを経験させることである。

 入学前のみならず、休学時、ないし、卒業後に行う場合もあり、大学院に進むことを前提に、その前に行う場合もある。講義やゼミといった通常の学校生活では得られない、経験を通しての学びの機会を持つことが、その目的である。

 日本の場合、それに相当するのが、社会人の留学かもしれない。会社員や官僚になってからの経営学修士号(MBA)留学がその例であり、医師の留学もまたこれに相当しよう。その間、ビジネス・公務・診療を休むが、働くことと学ぶことの意味を別の角度から見直す機会を持つことができる。

 これも悪くない。しかし、このような機会は、もっと早く、十代においてこそ、経験すべきかもしれない。

読むべき「あの」復刊書

 最後に、一冊の本を紹介する。これは、1993年に刊行された留学記の新装復刊であるが、むしろ、学ぶことの意味がわからなくなった今こそ、読み返すべきと言える。

 厳しい規律の下で育ち、20代の2年間を英国で過ごした一人の青年が、自身の「何ものにも代えがたい貴重な経験」に基づいて、異国に住み、異文化のもとで学ぶことの意義を語ったものである。著者は、「とても一口では表現できない数々の経験」をし、そこで「得たものは計り知れない」と言う。そして、「その多くが今日の私の生き方にどれだけプラスになっているかは、いうまでもない」と断言するのである。

 有名な洗濯機の逸話も、ユーモアとともに記されている。著者のお立場を考えると、こんなにも率直にお書きになってよかったのであろうかと心配になる。しかし、何よりも読者におかれては、「この本を通して、あくまでも一個人の経験の範囲内から見た姿ではあるが、私が彼の地で何を見、何を行い、何を考えたのか少しでも理解していただければ幸いである」との著者のお言葉に耳を傾けていただきたいと思う。

 その本とは、徳仁親王著『テムズとともに 英国の二年間』(紀伊国屋書店,2023年)である。

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