求めるのはゼロリスクだが
必要なのは合理的な判断
人間は自分の命を守るためにゼロリスクを求める。安全のために危険情報は聞き逃さないが、安全情報は無視する選択を無意識のうちに行う。だから危険情報の視聴率は上がる。
重要な点は危険情報の真偽だ。たとえば添加物、残留農薬、遺伝子組み換え作物の安全性を否定する偽情報が出回っている。それは「誤解がビジネスになる」ためだ。無添加、無農薬、遺伝子組み換え不使用、全て誤解がなければ成り立たない。偽情報とは知らずに善意でこれを拡散する人たちがいる。だから危険情報は大きな拡散力を持ち、流れる情報は危険情報一色に染まる。たばこ訴訟は社会の役に立ったが、ラウンドアップ訴訟は法律事務所自身の収益のための詐欺的行為と批判されている。PFAS裁判はどうなるのだろうか。
PFAS対策は規制、除染、そして研究である。米トランプ前政権は環境問題を軽視したが、バイデン政権は規制を強化し、21年にEPAはPFOA・PFOS合算で70ng/L以下だった水道水規制値を、PFOAは0・004ng/L、PFOSは0.02ng/Lに下げた。だが、このような微量の測定は困難であり、23年にPFOAもPFOSも4ng/Lに変更した。
世界保健機関(WHO)はPFOAとPFOSは各100ng/L、PFASを合計して500ng/L、日本はPFOAとPFOSの合計で50ng/L、カナダはPFAS合計で30ng/L、ドイツはPFAS合計で100ng/Lなどで、米国の規制は突出している。
科学的根拠に乏しいときにどのような規制を行うのかは難しい判断だが、「世界一厳しい対策」などというアピールはポピュリズムの弊害であろう。そのような傾向はバイデン政権だけではない。現在、ドイツなど欧州連合(EU)5カ国が代替品も含めて全てのPFASの製造禁止を求め、これを支持する人もいる。他方、全廃すれば日用品をはじめ多くの製品の生産に支障を生じ、2万4000人の失業者と25億ユーロの損失が出るとして反対がある。それでは全廃により、どれだけの健康被害を防止できるのか。
筆者が暮らす東京多摩地域の地下水と住民の血液からPFASが見つかり、不安が広がっている。最大の懸念はがんだが、私たちは酒、たばこ、加工肉、コメに含まれるカドミウムやヒ素など多くの発がんのリスクに囲まれ、PFASのリスクがそれらより大きいという事実は見当たらない。危険情報は不安を生むが、公的機関の情報も参考にして慎重に判断することが求められる。