2024年11月22日(金)

Wedge OPINION

2024年1月23日

 「PFASを投与すると実験動物が死ぬから危険」という話もあるが、どんな化学物質も多量なら毒になる。食塩でも200グラムほど摂取すると死ぬが、数グラムであれば一生の間毎日食べ続けても影響はない。問題は体内に残留する量が危険なのかだ。

 PFASの経緯はダイオキシンと似ている。83年にごみ焼却施設でダイオキシン類の発生が確認された。97年に国際がん研究機関(IARC)はダイオキシン類の一つを「ヒトに対して発がん性の十分な証拠」があるグループ1と評価し、環境にも体内にも残留する発がん性物質、あるいは環境ホルモンとされた。しかし実際は、事故や犯罪で多量を摂取した場合以外には明確な健康被害は確認されていないのだ。

報道が作るPFASの誤解
米国で訴訟が続発する理由

 IARCは2023年にPFOAをグループ1と評価した。一部メディアは「PFOAは発がん性物質」と報道したが、これは間違いだ。

 グループ1には酒、たばこ、ハム・ソーセージなどの加工肉、カドミウム、ヒ素、太陽光、ダイオキシンなどが含まれる。これらががんを引き起こすのであれば全て禁止すべきだが、そうしないのは、実際にがんを引き起こすのかは被ばく量の問題だからだ。例えばハム、ソーセージを毎日50グラム以上食べるとがんのリスクが高まるが、日本人の摂取量はその5分の1程度であり、がんが増えるとは考えられない。PFOAについては、がんのリスクが増える量は分かっていない。

 冒頭のビロットの訴訟は始まりに過ぎなかった。PFASの汚染が判明した各州は訴訟を起こし、3M社は23年には公共水道事業者に最大125億ドルを支払うことに合意した。またデュポン社、ケマーズ社、コルテバ社は飲料水供給業者と約12億ドルで和解した。その後、訴訟は健康被害に移り、法律事務所は数億ドルの支払いを受け取れるかもしれないと宣伝して、泡消火剤を使用していた消防士などに訴訟を呼び掛けている。裁判でIARCの評価が大きな役割を果たすことは間違いない。

 米国で訴訟が続発する理由は、被害者への賠償に加えて加害者の責任を問う懲罰的賠償金制度があること、そして審議を行う陪審員の感情に訴えることで勝訴の確率が増えることだ。この懲罰的賠償金が法律事務所の大きな収入になったのがたばこ訴訟だ。喫煙と肺がんの関係は1950年代に明らかになったが、訴訟で喫煙は自己責任とされて肺がん患者は敗訴していた。ところがIARCが86年にたばこをグループ1と評価し、たばこ企業が喫煙とがんの関係を隠していたことが企業の内部文書で明らかになった。その結果、たばこ企業は40の州政府に公的医療費の返還分として3685億ドルを支払い、がん患者やその家族に数億円から数十億円の懲罰的賠償金を支払った。

 法律事務所の最近のターゲットが除草剤ラウンドアップの成分、グリホサートである。世界の研究機関が安全性を証明しているグリホサートについて、IARCは2015年に「ヒトに対しておそらく発がん性がある」グループ2Aと評価した。これを根拠にして法律事務所は訴訟を起こし、発売元のモンサント社の内部資料を入手して、企業は発がんのリスクを隠していたという理由で高額の懲罰的賠償金を獲得した。

 IARCが非科学的な評価を行ったのは、法律事務所の意向を受けた研究者がIARCに入り込んだためであり、その理由は危険情報が大きな経済的な価値を持つからである。


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