糖質制限で得られる新しい自分になった達成感
幕内が激しい文言で批判したのは、糖質制限が一大ブームとなって、中高年男性だけでなく女性と若年層にも広がり、ついには万人向けのダイエットとして市民権を得つつあったからだった。
帯でもっとも標的にされている〝美食家で大酒飲みのメタボ男性〟のモデルと思われるのが、ノンフィクション作家の桐山秀樹とその仲間たちだ。桐山が2012年に出した『おやじダイエット部の奇跡』(マガジンハウス)は、肥満で糖尿病を患う中年男たちが励まし合って糖質制限に挑み、平均22キロ痩せた〝感動のノンフィクション〟である。『いつまでもデブと思うなよ』がオタクな中年男の地味で安上がりのダイエットのすすめだとしたら、この本はグルメでハイソな中年男がおいしいものを食べながら痩せるスタイリッシュなダイエット・ドキュメンタリーだ。
登場人物は、「糖尿病発症で一念発起、20㎏減、血糖値も良化し死地から脱出できた作家(著者のこと)」「会食漬けで膨れ上がったカラダから35㎏減、引退の危機から這い上がったホテルマン」「コンビニと外食だけで38キ㎏減、『社内の若死に候補』の汚名返上の独身マネージャー」「会食時は糖質制限もおやすみ、ゆる〜いルールで15㎏減の医師」「愛妻と二人三脚のオリジナルレシピで10㎏減、健康を取り戻した光学技術者」とエリート感のある面々。仕事優先で健康によい食生活を二の次、三の次にして陥った肥満を放置し、その状態に甘んじていたおやじたちが糖質制限で身も心も自己変革を遂げ、第2の人生を手に入れる。本はベストセラーになってシリーズ化し、テレビでも取り上げられた。
桐山は「あとがき」で、痩せるというのは実は哲学の問題であり、「自分が自分の肉体の主人となって制御することを意味する」とダンディーな言葉で結び、「ひと握りの『勝ち組』になるよりは、健康で長く仕事ができる『価値組』になりたい。不健康に働いて身体を壊し、みじめな老後を送る。そんな姿にはなりたくない」と決意表明している。
ここで思い出すのは、タレントダイエット本の元祖で、自己啓発本のはしりでもあった『ミコのカロリーBOOK』。ダイエットの成功で過去と決別して新しい自分になる達成感を得られるのは、女も男も今も昔も変わらないことを実感させられた。そこがダイエットの面倒なところである。
後日談になるが、桐山は2016年に滞在先のホテルで急死した。心不全だったらしい。「脂肪とたんぱく質の過剰摂取で生活習慣病リスクが高まり、危険」「ケトン体が増えると血液が酸性に傾き代謝異常が起こる」「長期間行うと死亡率が上がる」と、当初から糖質制限を危険視する声も多かったが、もうブームから定着に移っている頃でもあり、亡くなった原因を糖質制限に結びつける報道は少なかった。