電力の枠組みを超えた幅広い視点から次のステージを見据える取り組みはどう結実するか。
社会を動かす新しい成長ドライバーと価値創出を目指し、スタートアップとの連携が加速する。
社会課題の解決へ
ビジネスの力を信じて投資
「生きてきたなかで一番の、最高のシャワーでした」。石川県珠洲市の避難所で10日ぶりにシャワーを浴びたという青年は、テレビ報道の取材に応えて笑顔を見せた。
能登半島地震で多くの市町村が断水の被害に見舞われるなか、独自の水処理自律制御技術を持つ東京のスタートアップ企業「WOTA(ウォータ)」はいち早く現地に駆けつけ、避難所や介護施設などに水再生循環システムを活用した個室シャワーや手洗いスタンドを展開した。
WOTAによれば、高性能フィルターや水質センサーを備えた装置により、使った水の98%以上の再生循環利用が可能。シャワーを例にすると、通常は約100リットルの水で2人分だが、システムの活用で同じ量が約100人分になるという。同社では他企業・団体の協力も得て、個室シャワー「WOTA BOX」約100台と手洗いスタンド「WOSH」約200台を、能登半島の断水エリア全域に配備した。
「WOTAのCEO前田瑶介さんと出会ったのは5年前でした。『水問題を構造からとらえ、解決に挑む』をミッションとして、上下水道に頼らず自律的に運用できる小規模分散型の水循環システムを開発していると聞き、一緒に何かできないかと考えました」
そう語るのは、Jパワーでスタートアップ企業への投資活動を担う井手一久氏(経営企画室イノベーションタスク)。Jパワーは国内外で火力発電所や再生可能エネルギーによる発電設備を開発・運転し、水力・風力発電の設備出力はともに国内2位のシェアを持つ。その一方、新規事業拡大策の一環で、地下水などを浄化して「第二の水」として供給するオンサイト浄水事業に着手。病院や学校、空港、工場などに浄水設備を提供するサービスを展開している。
「水の再生、分散型といった部分で親和性があり、協業すれば新たな事業が拓ける可能性を感じました。
ただそれ以上に強く心が触れたのは、深刻化する水問題に立ち向かう姿勢です。税収減が進む過疎地では上下水道の維持に困難をきたし、海外では十分な供給網がなく水不足に悩む地域もあります。WOTAの技術を生かせば、そうした社会課題の解決に近づくことができる。しかも、それをビジネスとして成立させるべく迅速に行動し、各方面の理解と協力を得るため東奔西走する。学ぶべきものが多いと思いました」
Jパワーは2019年5月、WOTAへの出資を決めた。
未知の可能性に満ちる
スタートアップとの連携
ここ数年、Jパワーは矢継ぎ早にスタートアップへの投資を続けている。2019年2月のGreen Earth Instituteを皮切りに、3月にVPP JAPAN 、5月WOTA、8月GITAIというように切れ目なく、初動期は2年で10社近くに上る勢いだった。エネルギー関係にとどまらず、宇宙ロボット、医療、建築、新素材などと分野は広い(表参照)。
なぜ、急ぐのか。経営企画室イノベーションタスク総括マネージャーの久保博司氏は次のように話す。
「カーボンニュートラルへの対応やデジタル化の進展などで経営環境が激しく変わるなか、既存事業に関する課題解決と領域拡大、さらに新しい事業の開拓を両輪で、同時に素早く進めなければならないからです。それには優れた技術力と先見性、スピード感を備えたスタートアップとの連携が不可欠と判断しました」
鍵を握るのは、速さと行動力だ。2018年春、新規事業を推進する方針が決まると、約半年の助走期間で市場調査と投資先の選定を進め、10月には事業投資のためのイノベーションタスクを組織。同時に、好機を逃さぬようスムーズな社内決裁で投資が実行できる仕組みを整えた。
「経営トップや役員とのコミュニケーションは密に取ってガバナンスを効かせ、意思決定の速さでも体制でも投資先から信頼感を得られるようにしています」(井手氏)
投資分野の間口を広げているのは、見た目の親和性に囚われず、協業の可能性を大きく拓くため。電力事業の延長にはない発想で未知のことに挑み、小さくても新しい価値を生み出したいという。それはまさにスタートアップの姿勢にも等しい。
「管轄エリアがなく全国に拠点を持つ当社はさまざまな社会課題に触れる機会があり、スタートアップとの協業も進めやすいのです」(久保氏)
分野は問わないが、一定の方向性はある。(1)分散化、(2)脱炭素、(3)デジタルの3つがそれだ。分散化は、少子高齢化や自然災害の激甚化が進み、大規模集中的な管理体制では社会インフラが維持しづらくなるなかで顕在化した課題。各地の発電所を核に地域共生を標榜するJパワーの使命でもある。脱炭素とデジタルはもはや言うまでもないだろう。
では、投資先を選ぶ基準は何か。ビジョンや成長性は重要だが、未知の領域を目指す企業だけに先行きは誰にもわからない。「最後の決め手は互いに感じる熱意とストーリー」だと両名は言う。ツテを頼り、人に会い、話を聞くことを繰り返すからこそ共鳴し見えてくるものがある。