2024年11月21日(木)

2024年米大統領選挙への道

2024年3月15日

免責特権の行方

 トランプ前大統領にとって、最も恐れているケースがある。2月6日、ワシントン連邦高裁の判事3人が全員一致で、免責特権を認めない判断を示すと、同前大統領は同月12日、米連邦最高裁に上訴した。

 トランプ前大統領は、大統領在任中の職務について刑事訴追を免れる特権があると主張している。また、大統領は非常に困難な決断を下すので、免責特権が必要であると、一般論を述べて4件の刑事訴追から逃れようとしている。

 米連邦最高裁は4月25日に免責特権に関する口頭弁論を開催し、5月下旬ないし6月に判断を示すと見られている。免責特権の有無が明確にならない限り、米連邦議会襲撃事件や機密文書持ち出しの裁判は開催されない。しかし、米CNNの世論調査(24年1月25~30日実施)では、64%の有権者がトランプ前大統領の刑事訴追に関する評決が、11月5日の前に下されるべきだと考えている。

免責特権「あり」の場合

 では、米連邦最高裁が、トランプ前大統領に免責特権が「ある」のか、あるとした場合、どの範囲まであるのかについて判断を示した場合、米大統領選にどのような影響を与えるのだろうか。

 米連邦最高裁がトランプ前大統領による選挙結果の転覆と機密文書持ち出しに関して、免責特権が「ある」と判断を下した場合、裁判開催の意味がなくなる。また、トランプ前大統領は民事訴追も抱えているが、刑事訴追にかかる弁護士費用を削減でき、支持者からの政治献金を選挙運動に費やすことができる。これは、トランプ前大統領が望んでいるシナリオである。

 しかし、トランプ前大統領に免責特権があり、裁判が開催されないとなると、ヘイリー支持者、無党派層および郊外に住む女性たちは、米連邦最高裁の判断に納得がいかず、怒りさえ覚えるかもしれない。

 特に、無党派層は現在の保守派に傾斜した米連邦最高裁――トランプ前大統領が指名したMAGA(Make America Great Again:米国を再び偉大にする)判事3人を含む保守派判事6人とリベラル派判事3人で構成――を支持していない。英誌エコノミストと調査会社ユーガブの共同世論調査(24年3月3~5日実施)の調査結果をみてみよう。同調査によれば、米連邦最高裁に対する支持率は、全体で「支持する」が40%、「支持しない」が48%で、「支持」が「不支持」を8ポイント下回った。

 無党派層では「支持する」が32%、「支持しない」が53%で、「不支持」が「支持」を21ポイントも上回った。現在の米連邦最高裁は、無党派層の間で不人気である。

 仮に米連邦最高裁が、トランプ前大統領に免責特権が「ある」と判断しても、ヘイリー支持者、無党派層および郊外に住む女性たちが不満を抱けば、本選でトランプ前大統領に投票しない可能性があるのだ。免責特権「あり」は、同大統領にとって返って「マイナス要因」になるかもしれない。

免責特権「なし」の場合

 逆に、全てのケースにおいて現職大統領に免責特権がある訳ではなく、米国憲法に背く場合や、民衆を煽って扇動し、米連邦議会を攻撃した場合は、免責特権が「ない」と米連邦最高裁が判断を示すと、トランプ前大統領と弁護団は裁判に臨まなくてはならない。彼らはこれまで通り、裁判の「遅延戦略」を続けるだろうが、裁判を開催せざるを得なくなった場合、米連邦議会議事堂襲撃事件の裁判を後回しにして、先に機密文書持ち出しの裁判開催を選択するだろう。実際、トランプ弁護団はすでにそのような動きに出た。

 その理由は明確だ。米連邦議会議事堂襲撃事件の裁判は、首都ワシントンD.C.で開かれる。米国勢調査局によれば、ワシントンD.C.の人種構成は、白人37.96%、アフリカ系40.91%、ヒスパニック系11.26%、アジア系4.81%である(2020年時点)。ワシントンD.C.の白人は、リベラル色が強い。今回の共和党予備選挙ではヘイリー元国連大使は、ワシントンD.C.でトランプ前大統領を破った。

 となると、無作為に選ばれた12名の陪審員が全員一致しなければ、「トランプ有罪」にはならないのだが、陪審員はアフリカ系とリベラルな白人及び反トランプのヘイリー支持者で占める確率が高い。加えて、裁判長は、バラク・オバマ元大統領が判事に任命したアフリカ系のタニャ・チャトカン判事である。トランプ陣営にとって、不安がないとは言い切れない。

 一方、機密文書持ち出しの裁判は、南部フロリダ州で開催され、裁判長はトランプ前大統領が任命したアイリーン・キャノン判事である。今年5月20日に裁判が予定さていたが、トランプ前大統領が免責特権に関して米連邦最高裁に上訴したため、開催は不透明になっている。この状況を踏まえて、新たにジャック・スミス特別検察官は裁判開始を7月8日、トランプ弁護団は8月12日を提案した。

 スミス特別検察官は「スピード裁判」が行われば、8週間から12週間で評決が下されると考えているのかもしれない。いずれにせよ、今後もスミス特別検察官とトランプ弁護団の駆け引きは継続することは確かだ。


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