世の中には「社会通念(ノルム)」というものがある。「こうあるべき」「こうあらねばならない」という人々の暗黙の了解であり、それらは時に(強力な)社会の規範にもなりうる。
日本社会でこれが典型的に表れていたものの一つが賃金と物価(の抑制)である。「賃金が上がらないのは当然だから我慢して働くべき」「企業はいいものを安く売るのが当たり前だから1円も値上げしてはならず、物価は据え置かれるべき」──。こうした人々が当たり前だと思っていた意識が昨今、急速に変化し、20年にもわたるデフレの時代から、インフレの時代への転換が本格的に始まろうとしている。
日本の物価は2022年の春から上昇し始め、22年末の消費者物価指数(CPI)は4%を記録した。消費者物価は食料品などの生活必需品に該当する「モノ」と、飲食やホテル、医療、娯楽、交通などに該当する「サービス」に大別される。
日本のインフレは海外から輸入した原材料やエネルギー価格の上昇が原因であり、企業がそれを価格転嫁したことでモノの価格が上昇した。輸入物価の上昇はすでに一服し、23年8月から9月をピークに少しずつインフレ率が下がり始めている。輸入物価の上昇は、果てしなく続くものではない。
一方、サービス価格も上昇している。サービスの原価は人件費の割合が高く「賃金の塊」とも言われており、輸入価格上昇による影響は限定的で、当初はそれほど伸びなかった。ただ、コロナ禍明けのインバウンドや国内旅行需要の増加によって、宿泊料金などのサービス価格は上昇しており、サービスのインフレ率はモノと同程度になっている。昨今の人手不足もあり、今後はじわじわと上昇していくだろう。
23年はインフレを起こす〝主役〟がモノからサービスに移行した年であり、今年はさらに顕在化し、インフレが緩やかに持続していくはずだ。