2024年7月16日(火)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2024年5月9日

 アジアにおいては、必ずしも皆がそれらの問いへの答えが「イエス」であるとは思っていない。シンガポールに拠点を置くISEAS-Yusof Ishak Instituteの年次調査において、米中間でどちらにつくか選択を迫られた場合の回答は、2024年の調査結果で初めて中国を選ぶ者が米国を選ぶ者を上回った。タイ、インドネシア、マレーシアでは、過半数が中国を選ぶとしている。

 こうした東南アジアの懐疑的な人たちが感づいていることがある。米国は、外交は活発に展開しているかもしれないが、中国の類を見ない軍事増強に対して対応する措置を執っていないということだ。米日の安全保障面での協力の強化は、幾分かの助けになろうが、インド太平洋地域に対する真剣な政策を行うためには、バイデン政権が今やろうとしているよりももっと大きな投資を必要とする。

 米国のアジア政策は大声を張り上げるものの、手にしているのは小さな棍棒に過ぎない。こうした状況が続くのであれば、米国と日本の指導者が何度乾杯を交わしても、合意文書を交わしても大した意味は持たない、やるべきことをしなければ、中国にしてやられるだけだ。

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米国にとっての岸田首相の訪問

 この論説の筆者であるウォルター・ラッセル・ミード教授は米国外交史の大家であり、傾聴に値する。上記の論説は4月8日の岸田首相訪米を前に書かれたものであるが、ミードがこの論説を書くに当たっては、二つの狙いがあったのではないかと思われる。

 一つは、米国の目をインド太平洋に向けさせることである。米国では、まずもって皆の関心とエネルギーがどれだけ国内に向けられるか、どれだけ海外に向けられるかのゼロサム・ゲームがある。さらに、国際問題においても、欧州、中東、インド太平洋、その他の地域の間で、ここでもゼロサム・ゲームがある。

 中長期的な視点から米国にとって大事なのは中国との対決だといかに声高に叫んでも、現に戦争・紛争が起こっているのは、欧州であり中東であるので、日々の政策調整のためのエネルギーの多くが欧州と中東に振り向けられるのが現実である。

 そうした中、岸田首相の訪米は、米国のオピニオン・リーダーにとっても、皆の関心をインド太平洋に振り向けさせる重要な契機となることがこの論説から読み取れる。日本の国内では、政治に関しては「内向き」の議論が多いが、日本の総理の訪米には、米国においてそれだけの意味がある。

 もう一つは、中国のもたらす脅威に対応するためには、外交上の取り組みだけでは十分ではなく、軍事アセットの実体面で応分の措置をとるべきことを訴えることである。ミードはこの論説においてその具体的な中身には触れていないが、昨年秋に出された、米議会の超党派の戦略態勢委員会の報告書を見れば論点は明確になっている。


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