2024年12月22日(日)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2024年5月14日

 本人に何らかの落度があって、期間限定の制裁措置として行われる場合もあれば、退職へと追い込むための心理作戦の場合もある。後者の場合、しばしば、窓もない、同僚の誰一人いない狭い一室を与えられることもある。俗に「追い出し部屋」と呼ばれる。

 いずれにせよ、それはハラスメントに該当する。そこで、この診断書は厚生労働省の『パワーハラスメント対策マニュアル』への参照を促している。第一弾で反応が悪ければ、二の矢三の矢を打つのも、前回同様である。

 このような患者が受診したとき、メンタルクリニックの医師が軽率にも「要休職」の診断書を書けば、最悪の結果を招く。不調の原因は職場のハラスメントにあるはずなのに、ここで乙野氏が休職してしまえば、「私傷病」と見なされる。

 「私傷病」とは、自己都合による労務提供不能にすぎず、会社は休職を「解雇猶予」と位置付け、休職事由消滅(治療)を本人の自己責任に帰す。加えて、乙野氏自身が復職を希望しても、事由消滅を乙野氏自身が証明しなければならず、証明不十分と事業者が判断すれば、復職命令は出ない。

 復職命令が出ないまま、就業規則上の解雇猶予期間が終了すれば、それで労働契約終了となり、「自己都合退職」となる。結果として、「追い出し」が完了し、かつ、すべては乙野氏の「自己都合」とされる(井原裕:「実は怖い『メンタル不調の自宅療養』 休職は解雇猶予」を参照のこと)。

 休職という軽率な処置の結果、会社の思うつぼにはまるのである。

医学と法律のハイブリッドには説得力がある

 法学者の三柴丈典氏は、「……昨今創設された健康管理に関する制度では、(厚労省は)事業者への意見の申述を好例として、医師の医学的知識や技能そのものというより、信頼性に基づく説得力を重視しているように思われる」(三柴丈典:法律論者から見た産業医の今とこれから。平成30年度第8回日本産業医協会研修会))と述べている。

 医学と法律は、現代社会では最も信頼のおける専門知識とされる。したがって、この両者を組み合わせて、適切な意見申述を行えばいい。医師の役割は、診断だけでも、処方だけでもない。こころの健康の専門家の視点で、説得力をもって、企業に対して発言することもまた、含まれるであろう。

 「職場のうつ」は、診察室で起きているのではない。職場で起きているのである。職場で起きているのだから、責任を負うべきは使用者である。本稿では、働く人のメンタル不調を、個人の病理に帰して、診察室のなかで弥縫策を講じるのではなく、むしろ、発生の現場たる職場に返して、ストレス因自体を根本から除去する方策を考えてみた。具体的には、使用者宛て診断書を駆使して、主治医の立場から、安全配慮義務への注意喚起を行うものである。

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