2024年7月16日(火)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2024年5月16日

 こうした経緯を経て、現在の成長戦略は、国家安全を最優先に自前の科学技術を振興し、「質の高い発展」を目指す、という「自立自強」が軸となっているといえよう。成長における科学技術の位置づけが従来になく高まっていることは明らかである。

イノベーションの特徴

 ここで、中国における科学技術イノベーションについて整理しておこう。その最大の特徴はキャッチアップ型であることで、ある研究者はこれを「スポンジ」モデルと名付けた。

 先行する科学成果をスポンジのように吸収し、独自の発展を遂げてきたわけである。このモデルは、①顧客重視、②効率重視、の分野で強みを発揮するが、③エンジニアリング分野になると強弱が分かれ、④基礎科学に近い分野ではやや後れを取っている、と評価される。

 例えば、①、②では、民間主導によるイノベーションが成功しており、IT分野におけるBAT(Baidu/バイドゥ、Alibaba/アリババ、Tencent/テンセント)や小型ドローンのDJIはその好例である。③においても建機メーカーの三一重工が挙げられる。

 また、電気自動車(EV)や電池、太陽光発電などの分野では、民間企業によるボトムアップ・イノベーションと柔軟なトップダウンの政策がうまくかみ合って産業が発展し、製品は中国にとって重要な輸出品となっている。

 他方、④に属するバイオテクノロジー、半導体設計、特殊化学品、ブランド医薬品などでは後れを取っている。

 このように強みを有する分野と弱い分野が混在し、国際的に確立したブランド・産業が少ない現状で、科学技術の「高度な自立自強」を目指して中国が構築しようとしているのが「新挙国体制」である。背景には、①持続的で安全な産業チェーン、サプライチェーン確保の必要性、②米中対立を中心とした厳しい国際関係・通商環境への対応の必要性、③未来産業の世界的争奪戦への準備の必要性、があり、巨大な国内市場をテコとして政府・企業・社会の力を結集して「挙国体制」を構築し、ターゲッティング技術を突破しようとしているといえる。

政策手段

 次に、科学技術イノベーション促進のための政策手段をみよう。第1には、産業や企業に対する支援政策である。よく報道される半導体分野では、第1期1370億元(現行為替レートで約2兆7400億円)、第2期2000億元(同4兆円)という巨額の投資ファンドが設立され、前者はすでに1000社以上に投資を行っている。

 注意しておくべきは、ここでの資金投入はあくまで投資であり、利益が回収されていることである。一方、産業用ロボット分野では、サプライチェーン中流にあたる組み立てメーカー支援を中心に3000万元(同600億円)の補助金が投入されている。

 第2には、研究開発分野への出資である。同分野全体の数字は得られないが、ファンディング制度の一つである中国科学院の国家自然科学基金は22年に325億元(同6500億円)で、基礎科学、技術科学、生命・医学、交差融合の各部門に支援を実施している。

 第3には、技術移転である。ここでは、技術と市場を有する欧米企業の買収や技術導入が行われてきたが、近年は欧米政府による規制で企業買収が困難に直面している。

 第4には、人材確保策である。在外中国人技術者呼び戻しと外国人技術者招致を目指した「千人計画」が実施されている。また、現場の技術者であるSTEM(Science/科学、Technology/技術、Engineering/工学、Mathematics/数学)人材育成にも努力が払われている。

 第5には、各種の規制政策をテコとした国内企業優遇・育成策である。特に目立つのは政府調達分野で、ここには公開、非公開の調達目録や内部文書が存在し、外資が排除されている。


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