「腐敗したバイデン一族」
これに対して、トランプ前大統領はバイデン大統領の次男ハンター氏の有罪評決を持ち出し、「腐敗したバイデン一族」と強調して反論するだろう。ハンター氏は2018年、銃購入の際、麻薬を使用していたが、虚偽の申告をして銃を購入し、3つの罪で有罪評決を受けた。
ハンター氏の量刑は秋に言い渡され、9月からは同氏の脱税に関する裁判が始まる。バイデン大統領に揺さぶりをかける好材料なのだ。
しかし、仮にテレビ討論会でハンター氏が議論の的になった場合、大統領であり父親でもあるバイデン大統領は「息子を愛しているが、彼に恩赦は出さない。大統領権限を使って、減刑することもしない」と、トランプ前大統領を意識したこれまでと一貫したメッセージを繰り返し、有権者に比較させるだろう。
もちろん、トランプ前大統領はバイデン大統領から反論されても、自分の強みである「経済」と「移民問題」で畳みかけるだろう。経済とインフレがアフリカ系やヒスパニック系(中南米系)の生活を脅かしていると議論し、バイデン大統領の支持基盤(異文化連合軍)の切り崩しを狙うのだ。
加えて、都市部の不法移民による犯罪を例に挙げて、郊外に住む女性に不安や恐怖心を与える。これはトランプ氏の常套手段だ。
しかし、バイデン大統領は、バイデン政権の下で犯罪率が減少し、犯罪件数は不法移民よりも米国市民による件数が上回っているデータを示すだろう。
そうなった場合、トランプ前大統領は、確固たる根拠はないのだが、米国民の市民権がない不法移民が民主党に投票をしていると論点をすり替えて、2020年米大統領選挙で不正があり、選挙結果は「いかさまだ」と主張する。
そしてトランプ前大統領は90分間、自分を「強いリーダー」、バイデン大統領を「弱いリーダー」として描くことは間違いない。
「強いリーダー」の落とし穴
前で紹介したエコノミストとユーガブの全国共同世論調査結果が示す通り、テレビ討論会でトランプ前大統領がバイデン大統領に対して勝利するのだろうか。
20年米大統領選挙は、コロナ禍で行われ、米国では新型コロナウイルス感染症によって35万831人が死亡した(CDC:米国疾病対策センター)。有権者は、「強いリーダー」よりも、新型コロナウイルスの犠牲となった家族や友人に対して「共感できるリーダー」を求めた。それが、強いリーダーを常に演出するトランプ大統領に対して、バイデン副大統領(共に当時)に大きなアドバンテージを与えた。
しかし、今回の大統領選挙では、有権者は「強いリーダー」に回帰している。この点が、バイデン大統領にディスアドバンテージ(不利)になっているのだ。
では、バイデン大統領はテレビ討論会で、どのような対策を打つのか。
米公共ラジオ、公共テレビと米マリスト大学の全国共同世論調査(24年6月10~12日実施)の結果がヒントになる。同調査によれば、争点別の支持率で、バイデン大統領がトランプ前大統領に勝てる争点は、「民主主義の擁護」と「人工妊娠中絶問題」である。
そこで、バイデン大統領は、テレビ討論会で終始、強いリーダーを全面に出すトランプ前大統領に対して、自分を「民主主義的リーダー」、トランプ氏を「権威主義的リーダー」、強いかもしれないが「独裁的リーダー」に描く戦略をとることができる。つまり、トランプ前大統領の「強さ」をデメリットに結び付けるのだ。
バイデン大統領は、人工妊娠中絶問題を取り上げて、女性の有権者に対してトランプ前大統領は、人工妊娠中絶をするか否かの個人の「自由の権利」や「選択の権利」を与えず、女性の体をコントロールする権威主義的ないし独裁的リーダーであるという印象を与える。例の勝敗の鍵を握る無党派層の女性、郊外に住む女性とヘイリー支持者を標的にして、そのイメージを植え付けるのだ。これに成功すれば、バイデン大統領は選挙の流れを変えて、再選への道を開くことができるだろう。